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一昼夜続いたクリスティンの聴取。傍聴だけを認めて貰った特務監査室の代表として向かっていたエリックとマリオンが執務室に戻ってきたのは、翌日の昼下がりの事だった。
「ただいま戻りました、室長」
「お疲れ様。聴取の方はどうだった?」
「クリスティンは容疑を認めていて、特に隠し立てもする様子がありませんでした。完全に復讐だけが目的で、達成した今となっては後のことはどうでも良いという感じです」
これまで何度か仕事の関係で聴取を傍聴した事はあった。容疑者というのは大抵が必死で弁解して自分は仕方なくやったと同情を求めるか、堂々とすっとぼけて嘘を並べ逃れようとするかのどちらかである。しかし今回のケースはそのどちらにも当てはまらなかった。初めから罪を罪として認め、何故そこに至ったのかを全て話している。衝動的ではなく計画的に行った、殺してすっきりしたかった、そんな自らの罪を重くするような言葉を平然と使う辺り、本当に裁判での量刑には興味がないのだろう。その異質さが、エリックにはただただ異常者にしか思えなかった。
「随分と長かったな、お疲れ。しかしよく傍聴なんか許されたな。やっぱ室長がねじ込んだんすか?」
「うちからも要請はしたけど、認められるとは思っていたわよ。曲がりなりにも、犯人確保に関わった功績は特務監査室にあるんですから。もっとも、その功績に報いてというのは建て前でしょうけど」
「え? なんで建て前なんすか?」
そう不思議そうに首を傾げたウォレンに対し、ラヴィニア室長よりも先にマリオンが答えた。
「身内の不祥事について、警察は出来る限り内密に事を収めたいからです。特務監査室には知られなく無い情報を幾つも知られてしまった形になりますから、下手に突っぱねて機嫌を損ねられたくないと思っているんですよ。こういう時、身内にすら気を使って波風を立たないように腐心するのが警察組織の特徴ですから」
「はー、なるほどなあ」
淡々と話すマリオンに、感心の溜息をつくウォレン。マリオンの話す様子からかなり気を使わないといけない事を察したのか、いささか言葉選びに困っているようだった。
自席に座りじっと天井を見つめるマリオンは、明らかに今回の事件で落ち込んでいた。犯人が友人だったからというのが一番大きいだろうが、それ以外にも様々な感情の問題が複雑に絡んでいる。自分も声をかけにくいとエリックは思う。
「それでエリックくん、供述内容とかどうだったの?」
ルーシーが平然とした普段と同じ様子で切り込んでくる。そして、
「そうね、簡単にでもいいから情報共有も兼ねて話して頂戴」
ラヴィニア室長もそう同意する。マリオンの様子が気になったエリックだったが、ひとまずはその指示に従う事にした。
「まず殺人の動機ですが。クリスティンがタイタスにストーカー行為をしていたのは知っていると思いますが、その過程でタイタスが暴行され殺された現場も目撃しています。それにより、自分の生き甲斐を奪われたと感じたからと供述していました」
「つまり、憎くて復讐したかったって事だろ?」
「殺した事への憎悪より、生き甲斐を奪われた怒りが理由のような証言でした。若干、単純な復讐とは憎悪のベクトルが異なるようでしたね」
「タイタスの存在が生き甲斐じゃないのかよ?」
「タイタスの存在に執着する事が生き甲斐なんです。ですから、彼が絡まれて暴行を受け始めた所から隠れて見ていたそうです。警察官として割って入って止めずに」
「うーわ。悪ィ、俺には分かんねーわ」
そう肩をすくめるウォレン、ラヴィニア室長とルーシーも苦笑いを浮かべるばかりだった。エリックなりの解釈としては、クリスティンはおそらくタイタスに執着する自分が好きで、それを奪われたから怒って一連の行動に出たのだと考える。つまりクリスティンはタイタスを殺された事に怒ったのではなく、自分の楽しみを奪われたと認識して反撃しただけなのだ。
「それで、なんで這いずり男なんか真似たんだ?」
「警察官ですから、その都市伝説自体は知っていたそうです。薄暗い場所での這いずる姿勢なら身長も誤魔化せるし、勝手に男だと思い込んでくれるからやったそうで。思惑通り初動捜査も遅れたものの、残った主犯と側近の三人がなかなか警察に保護を願い出ないから嫌がらせなどを繰り返すことにはなったそうですが」
「わざと警察の施設に集めさせたって訳か。初めから一人ずつ誘拐する方法のが楽だったんじゃねーの?」
「聖都内に監禁に適した場所が用意出来なかったのと、諸々の手間を考えれば警察の施設の方が手っ取り早いからだそうですよ。目的第一で、後のことはどうでもいいんでしょう」
「まあ実際、拷問する時間もできちまったしな……」
クリスティンの証言では、タイタス殺害に関与した五人のうち最初と二番目の二人は単なる傍観者だったため、特に思い入れも無く殺したそうだ。主犯と共犯の男二人は実際に手を出したため、女は笑って一連の暴行を見ていたがいざタイタスが動かなくなってから被害者ぶったのが勘に障ったため、拷問して殺す事にしたそうだ。ここまで計画的に五人も殺害した後に反省もないのであれば、まず間違い無く塀の外には出られないだろう。それが世の中のためでもあるが、単なる娯楽で人に暴力をふるった五人に個人的にはあまり同情は出来ないとエリックは思った。
「さて、二人は今日はもう上がって休みなさい。報告書も後日でいいから。流石に長丁場過ぎて疲れているでしょう?」
「そうですね、ではお言葉に甘えさせていただきます」
そしてエリックはマリオンを連れて執務室を後にした。執務室を出てもマリオンは暗く落ち込んだままだった。その傾向はクリスティンの聴取を聞いてから一層強まったように思う。クリスティンの意外な異常性へのショックと、それでも自分が気付いてやれればもっと異なる結末を迎えられたのではという自責の念がそうさせているのだろう。
マリオンを気落ちさせたまま帰宅させるのは不安である。そう思い、エリックはマリオンに努めて普段の調子で話しかけた。
「ねえ、マリオン。確か、エビ好きだったよね。ロブスターとか。今日は食事まだだし、これから食べに行かない? 良い店知ってるんだ」
すると顔を上げてエリックを見たマリオンは、ぽつりと控えめな口調で訊ねた。
「エリック先輩……もしかして、気を使ってくれてます?」
「そういうような、そういうのじゃないような……。ごめんね、僕はあんまり器用には出来なくて」
「いいんです。それだけでも私、嬉しいですから」
気遣いが流石に露骨だったらしい。しかしマリオンは幾分か元気を取り戻してくれたらしく、表情には明るさが戻り始めたようだった。
「じゃあエリック先輩、今日は甘えてもいいですか?」
そう悪戯っぽく訊ねるマリオン。すると、
「うん、構わないよ」
エリックは即答する。あまりに予想外なエリックの反応に、マリオンは驚き当惑した。
「なんかエリック先輩……こういう時は本当にストレートに優しいですね」
「僕はいつも同じだよ。するべき時にするべき事をする。それは昔からずっと変わらないよ」
「フフッ、エリック先輩のそういう所、本当に好きですよ」
そう笑ってマリオンは強引に腕を組んできた。そうやって並んで歩く事に気恥ずかしさが強かったが、今日ばかりは何も言わずマリオンのしたいようにさせる事にした。