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 這いずり男の被害者であり証言者でもある三人は、北区にある警察分署の最上階に身柄を移されていた。その建物は初めから証言者の保護などを目的に設計されており、表向きは通常の警察署でも実際の業務は護衛や護送に特化している。中でも最上階は特に危険な事件の関係者用に使われる、恐らくこの聖都で最も安全な建造物の一つだろう。
 この貴重な部屋にたかが殺人事件の目撃者を使うなんて、と言えば当人達は憤慨するだろうが、実際のところ聖都では毎日どこかしらで殺人事件は起きている。その目撃者をいちいち丁重に保護していてはきりがない。今回特例的に適用されたのは、恐らく容疑者が這いずり男の模倣犯だからだろう。世間的には、ただの殺人事件ではそれほど衝撃はないだろうが、這いずり男が殺人事件を起こしたとなれば否が応でもセンセーショナルに報じられる。そうなると警察は非常に大きなプレッシャーをかけられてしまうのだ。
 最上階には部屋が一つだけしかなく、唯一の入り口へ続く廊下は見通しの良い一本道、ドアの両脇には護衛の警察官の男女二人が目を光らせていた。
「特務監査室のエリックです」
 そう言ってエリックは証明書を差し出す。護衛の警察官は念入りに確認すると、ドアをそれぞれの持つ鍵で開錠した。ドアの先には狭い部屋と更にもう一つドアがあった。待機スペースなどに使われる部屋なのだろうが、本当に厳重な設計なのだと改めてエリックは感心する。
 部屋の中へ入ると、そこには若い男性が二人、女性が一人、突然の来訪者へ一斉に視線を向けてきた。この三人が今回の事件の目撃者のようである。
「こちらは、特務監査室のエリック殿です。事件の犯人について捜査に加わっていただく事になりましたので、皆さんから事情を伺わせていただきます」
「特務監査室……? 聞いたことない名前だが、警察の人間か?」
「厳密には違いますが、似たような物です」
 三人は明らかにエリックに対して不審の目を向けていた。犯人が未だ捕まっていない事もあるが、その遅々とした捜査に知らない部署の人間が加わった事に疑念があるのだろう。
「特務監査室のエリックです。早速ですが、事件の経緯についてお話を聞かせて下さい。ええと、そちらの方は?」
 エリックは一番左端の背の高い男性に訊ねる。しかし、
「エリック殿、皆さんは保護プログラム下に置かれておりますので、本名は一時的に伏せさせております」
「名無しという事ですか、分かりました」
 護衛の警察官は一旦部屋の外へ出て行き、ドアには鍵がかけられる。彼ら目撃者は、この部屋に監禁されているのと同じ状態だ。窓に格子までついた部屋の中では息苦しくないのだろうかと思ったが、背に腹は代えられないというやつなのだろう。実際、自分の命が具体的な危険に晒されたなら、この程度の事は受け入れる。
「とりあえず、皆さんは楽にしていただいて結構ですよ。幾つか話を聞かせて貰うだけですから。内容は繰り返しになるかも知れませんが」
 三人は事件は早く解決するならばと聴取に応じる。背の高い男性はエリックと向かい合って座ったが、他の二人はそれぞれ別のソファや椅子へ深く座りふてぶてしい態度を見せた。苛立ちを表現したいらしいが、それに何の意味があるのかとエリックは内心呆れていた。
「殺された二名は、あなた方の友人という事で間違いありませんね?」
「ええ、そうです。よく週末はみんなで連んで飲みに行ったりしていました」
 答えたのはエリックの向かいに座った背の高い男だった。他二人は自分から積極的に答えるつもりは無いらしく、こちらの会話に聞き耳を立てているかどうかさえ疑わしい。
 何となく彼らの力関係が見えてくる。恐らくこの背の高い男はグループ内でも雑用などをやらされる役目で、もう一人の男がリーダー格、女はそのお気に入りといったところだろう。とりあえず一人は真面目に応じてくれるため、そこから情報を得られるだけ貰う事にする。
「二件の殺人事件について、あなた方はどちらも一部始終を目撃しているという事ですよね。それについてお聞かせ願えますか」
「はい。とは言っても、二件ともそれほど話す内容が無くて」
「と言いますと?」
「一件目は、東区にあるバーで飲んだ帰りです。通りを歩いていたら突然路地の方からあいつが現れて、こっちに向かってきたんです。最初、何かでかい虫が出たのかと思いました。でもよく見てみると、明らかに人間が這いつくばって走っていて。それが分かった時はあまりに異様な光景で立ち尽くしたんです。そしたらたまたま一番前にいた者、最初の被害者ですね、彼に飛びかかってそのまま首を何度も刺されて。自分らが呆気に取られている内に逃げ去ってしまいました。二件目もほぼ同じです。やはり飲んだ帰りを狙われて、突然這って現れるや否やまた一人殺して逃げていきました。ですので、これ以上手がかりになりそうなものは何も見ていないんですよ」