BACK
エリックの悪い予感は、丁度翌日に狙い撃つかのように現実のものとなった。
急遽特務監査室にやってきたのは警察庁の刑事だった。そしてその依頼内容は、エリックにとって思わず頭痛がしてしまうようなものだった。
「……話を整理させて頂きますと。その、這いずり男の模倣犯が既に二件の殺人事件を起こしている。それで我々にも正体を含めた調査をして欲しいと?」
「ええ、その通りです。這いずり男と言えば、警察でも割と有名な古い都市伝説ですので。その調査なら我々よりも特務監査室の方がより適任かと」
嫌な評価のされ方だとは思いつつ、確かに都市伝説が相手なのであれば特務監査室が適任である事を否定は出来ない。
「ところで、何故這いずり男の仕業だと?」
「目撃者が三人います。被害者の友人達なのですが、これまでに起こった二件のどちらも、彼らが集まっている所を突然這いずりながら近寄ってきた男に襲われたそうです」
「少なくとも三人もいて、為す術なく二度も殺されてしまったという訳ですか」
人間が人間を殺すのに一番重要なのは、腕力でも技術でもなく明確な意思、殺意であるそうだ。元兵士のウォレンが言うのだから、それは正しいのだろう。となると、這いずり男は被害者達には明確な殺意を持っている事になる。愉快犯として襲っているのではないだろうが、そうなると尚更這いずっている理由が分からない。
「その三人はどちらに?」
「現在、警察で身柄を保護しています。次の標的は自分達だと怯えていまして」
「何故彼らが狙われるのですか? 怯えているなら、彼らには心当たりがあるんですよね」
すると刑事は、一旦周囲の様子を確認した後、声をひそめて話し出した。
「……ここだけの話ですが。彼らは這いずり男と面識があるそうです」
「面識が? どういう事ですか」
「被害者を含めた五人は、一カ月程前に通りすがりの一人の男性を暴行し死なせてしまったそうなのです。事件の方は捜査中ですが、どうやら本当のようでして。それで彼ら曰わく、殺された男が蘇って自分達に復讐に来たんだと」
「這いずり男の正体は、その殺された通りすがりの男だと?」
「と、彼らは言っています」
死んだ人間が蘇り復讐に来るなどあまりに非科学的である。もしそれが事実ならば一応の辻褄は合う。自分を面白半分に殺した人間に強い殺意を抱いても不思議ではない。だが、
「普通に考えて、遺族とか友人などの身内が復讐を行っているのではないでしょうか?」
「ええ、我々もそう思っています。ですので、その辺りも含めた捜査はまだ進めている最中でして」
復讐としての殺人、それを何故か這いずり男を模倣して行っている事を除いては、特務監査室らしからぬ本格的な刑事事件である。殺人事件の容疑者の正体を捜査するなど、珍しく予感が外れたと内心エリックは嬉しく思っていた。這いずり男を模倣する理由は分からないが、ただ殺すだけでは物足りなかったとか、そういう性癖があったとか、幾らでも理由は考えられる。久し振りに真っ当な仕事が出来る。それだけでもエリックにとっては十分だった。
「分かりました、早速こちらでも捜査を始めます。情報は随時捜査本部の方へ上げますので」
「よろしくお願いします。それと、保護中の三人から事情を聞きたい時も捜査本部へ来て下さい。誰かしら担当者がおりますので、話はつけてありますからすぐに通るはずです」
最後に一通りの捜査状況を連携して貰い、刑事は執務室を後にした。彼もまたこれから事件の捜査を再開するのだろうが、聞いた限りでは状況はあまり芳しくないようである。彼らも相当必死になっているだろう。
「なんか急に凄い事件が来たねー。もしかしてマリオンが言ってたやつってこれ?」
「ええ、そうだと思います。まさかうちにも声がかかるなんて……」
「藁に縋るよりマシだって思ってんじゃないの? ま、今時這いずり男なんて異常な事件と言えば異常だし? 特務監査室の範疇にもなるのかなー」
ルーシーの言う通り、確かに特務監査室へ応援要請が来るのは意外な事である。単純に人手が欲しいのか、這いずり男を本当に都市伝説が具現化した存在だと見ているのか。警察は組織が基本的に曖昧なものを信じない傾向にあるが、今回ばかりは異例なのかも知れない。
「警察の依頼を受けるのも初めての事じゃないですし、今までも成果を出してきたじゃないですか。きっとそういう真面目な頑張りが評価されたんですよ」
そう笑顔で前向きな発言をするマリオン。気を使っているのかと思ったが、恐らく心境そのままの言葉だろう。体育会系だったからなのか、基本的にネガティブな言葉をマリオンは昔から口にしなかった。
「とにかく、市井の安心と安全を守るのは我々の職務に違いありませんから。這いずり男の正体を早急に特定しましょう」
皆に向かって鼓舞するように語るエリック。だが、
「なあ、這いずり男ってどうやって倒すんだ? 悪霊の類だろ?」
「まーた話を聞いてないんだから。模倣犯だって言ってたでしょ」
「そりゃ連中の憶測だろ。本当に這いずり男が復活したんだったら、こっちだってちゃんと対策しとかねーとまずいだろが。俺は殴れないやつとはケンカしねーんだよ」
ウォレンとルーシーはいつも通り緊張感というものが無い。今更嘆いても仕方のない事だが、何にせよあらゆる可能性を考えて事前調査と下準備は必要かも知れないだろう。