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「はー、いい加減ネタ切れかなー」
そんな溜め息をつきながら、ルーシーは手にしていた新聞を畳んで放り投げる。特に案件もなく、各々が気ままに過ごしている特務監査室の普段の昼下がりのことだった。
「何だよ、面白い話でもあったのか?」
そう訊ねながらウォレンは放り投げられた新聞を拾って中を捲る。
「『恐怖!人喰い肉屋の惨劇!』って、なんだこりゃ。怪談特集か?」
ウォレンが拾った新聞は、ルーシーがどこかから買ってきたゴシップ紙だった。しかもただのゴシップ紙ではなく、事実関係などどうでも良く、ただ面白おかしくセンセーショナルな内容になればそれで良いと割り切った、いわゆる低級紙の類である。日付以外で何一つ信用できない、そんな代物である。
「都市伝説ですう。こういうのって、発祥を調べたりすると結構面白いんだけど、なんか最近は誰かが作ったデタラメ話ばっかりで、しかも面白くもないの」
「ああ、都市伝説って言や俺も色々聞いたなあ。従軍してた時もそんな話が娯楽の一つだったし、新兵をからかうネタにもしてたな」
都市伝説はエリックも昔からたびたび耳にしていた。特に学生時代は必ず身近にこういう話が好きな者がいて、暇潰しくらいにはなったものである。特務監査室に来て以来、その都市伝説そのものと遭遇する事が多くなった。まさかと思う事が実際にあったりと、案外事実から生まれた話が多いのだと思い知らされている。
「ちなみに、軍ではどんな都市伝説があったんですか?」
「そうだな。俺達は行軍訓練って言って、重い装備で徹夜で徒歩移動する訓練なんかやるんだけどよ。その時、一番後ろにいた奴の後ろにいつの間にか誰かがいることがあるんだ。装備はセディアランドの物だから友軍には違いない、だけど見覚えもない奴。そいつに背中を向け続けていると、いつの間にか取って替わられてしまうんだ」
「うわ、ベタですねなんか。話の都合に合わせた化け物って感じで」
「そう思うだろ? だがこれ、昔実際にマジであった事件が元になってんだ。とある暗殺組織に依頼があってな、軍の将校を暗殺する事になったんだよ。それで暗殺者が軍への潜入を試みる訳なんだが、その方法の一つとして行軍中に最後尾のやつを殺して入れ替わるって手段を使ったんだ」
「でもそれって、見覚えの無い人がいたらすぐにバレませんか?」
「それがバレなかったんだな。原因は、あちこちの地方から集められた混成部隊だったんで互いの面識がほとんど無かったこと、だからお互い知らない顔があっても確認しなかったんだよ。で、この事件を教訓に部隊編成の時は互いに面識を作り、もし知らない顔があったら階級に関係無く徹底的に問いただすように改善したって訳さ」
「なるほど、都市伝説がそのまま教訓になるんですね」
行軍中の最後尾の兵士を襲う化け物には違いはないが、それが具体的な脅威を示しているというのは軍らしい都市伝説である。そうやってわざと興味を引くようにし、絶えず後ろの人間を気にするようにしたのだろう。都市伝説の合理的な使い方とも言える。化け物を信じるか否かは人それぞれだが、具体的に危険な人間は大抵の人間が信じるし警戒を怠らないものだ。
「そうだ、マリオンは警察でそういう都市伝説はなかったの?」
「警察のですか? まあ無くはないですが、あんまり興味が無くて。それに大抵の都市伝説よりも怖い実際の事件なんてちょくちょくありましたから」
そう苦笑いするマリオン。恐らくマリオン自身もそういう経験があるのだろう。
「ああでも、最近警察時代の友達から新しい話を聞きましたよ」
「新しい話?」
「昔の都市伝説に這いずり男というのがありまして、走るよりも早く這い寄って来て人を襲う男の事なんですが。実は最近、それの模倣犯がいるらしくて」
「模倣犯? 這い寄って人を襲ってる?」
「それどころか、死人も出ているらしいです。まさかとは思いますけど」
通り魔なら出没する事もあるだろうが、それをわざわざ這い寄ってする人間など聞いたことがない。むしろ通り魔と言うよりも、ただただ人を驚かせて話題になりたい愉快犯の方が近いだろう。しかし実際に死人が出ているとなると、とても愉快犯の範疇には収められそうにないが。
「おい、ちょっと待てよマリオン。模倣犯ってことは、元祖がマジでいたって事なのか?」
「ええ、そうです。私も聞いた話なんですけど。何でも、両足に怪我をして障害を負った男がいて、怨恨の類で友人を襲ったらしいんですよ。その犯行現場を偶然見てしまった人が、這いずって切りかかったと証言した事が発端らしくて」
「どんな恨みか知らねーけど、立って歩けないなら這い回ってでも殺したかったってことか。怖ェ話だなあ」
ウォレンとマリオンの話す都市伝説を聞きながら、やはり自分は大して興味が持てないとエリックは思った。しかしそれも束の間、都市伝説談義に盛り上がる雰囲気の中に、エリックは嫌な予感を覚える自分に気付いた。非科学的な直感だが、この全身がムズムズするような感覚が込み上げて来ると必ずろくでもない案件が舞い込んで来るのだ。
単なる思い込みならば良いのだが。自分がこうして言い聞かせている時点で状況は悪くなるのが過去の事例だ。