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「おっと」
昼下がりの大通り。エイブラムは急に路地から現れた人にぶつかりそうになり、それを寸前でかわす。エリックもたまにある出来事ではあったが、エイブラムはこれで既に五回目である。しかしその度に慣れた様子でかわすため、ここまで一度もぶつかってはいない。
「あの……こういうのはいつもの事ですか?」
「はい? いつもと言いますと」
「いや、もう何度も人とぶつかりそうになりましたよね。しかもいずれも明らかに余所見しながらの飛び出しで」
「ああ、はいはい。いや、こんなものでは? 私だって、あんな風に飛び出す事くらいありますよ」
そう言ってエイブラムは、何てことのないように笑い飛ばす。どうやら彼にとって人がぶつかりに来るのは日常茶飯事らしいかった。
試しに、前をウォレン、後ろをエリックとマリオンという並びで歩いてみると、どれだけ警戒していても人が丁度真ん中からぶつかりに飛び出してくる。何度配置を変えてもその度に来るタイミングが変わるだけで一向に防ぐ事が出来ない。
そんな中、不意にエリックの目には二階のベランダから落ちてくる鉢植えが飛び込んで来た。
「マリオン!」
落ちていく先にいるマリオンへ咄嗟に声をかける。するとマリオンは、上も見ずにそっと立ち位置を変えると落ちてきた鉢植えを難なくキャッチした。
「大丈夫ですよ、これくらい。いつものことですから。でも……ありがとうございます」
気遣われた事で嬉しそうな表情を浮かべ、鉢植えをそっと下へ置くマリオン。
そう言えば、マリオンは以前から死神に取り憑かれている。死神はとっくに予定の寿命が過ぎたマリオンを事ある毎に事故で殺しにかかるのだが、マリオンは天性の才能故か、悉くそれらを回避しているのだ。
もしかしてエイブラムは、マリオンと同じ体質なのだろうか?
エリックは早速エイブラムへ訊ねてみる。
「あの、エイブラムさん。あなたは昔、事故か何かで死にかけた事はありますか? 実際に生死の境をさ迷うような体験です」
「うーん、ちょっと心当たりはありませんね。確かに危ない目に遭う事はちょくちょくありますけど、実際にそれで怪我をした事はありませんから」
となると、エイブラムにマリオン同様の死神が取り憑いている説は無くなる。やはり本当に、単純に運が悪いだけなのだろうか。
そう考えていた時だった。
「馬鹿、エリック!」
いつの間にか考え込んでいたらしいエリックは、曲がり角を曲がり損ねて車道へ出ていた。ウォレンの声で我に帰ったエリックだったが、そこへ丁度荷馬車が向かってくる。
これは止まれない。
そうエリックが思った次の瞬間、エリックは後ろに引っ張られ歩道に尻餅をつく。だがその代わりにエイブラムが車道へ前のめりに転倒した。
「キャアアアア!」
複数の悲鳴が周囲から聞こえ、荷馬車は馬の激しいいななきを伴いながら目の前で止まる。エリックのすぐ前には荷馬車の太い車輪があった。人間の首なら簡単に圧し切る事が出来るであろう質量に身震いのする思いである。だが直前にエイブラムは、この車輪が走る方へ転倒していったはずだ。
「エイブラムさん!」
大声で呼び掛ける。タイミング的には完全にはねられている。まず間違いなく無傷では済まない。最悪の光景がエリックの脳裏を過る。しかし、
「いやー、危なかったですねえ」
そんな呑気な声と共に、エイブラムは車体の奥の方から這い出て来た。
「すみません、私がボーッとしていて! お怪我は!?」
「ん? ああ、大丈夫です。平気です。運良く内側の何も無い所に転がったみたいで」
服こそ汚れているものの、エイブラムはいたって元気な様子だった。あのタイミングはどう見てもはねられるようだったが、本当に運良く助かったのだろう。
そう思った所で、エリックは今の自分の言葉に疑問を抱いた。エイブラムは極端に運の悪い男ではなかったのか。それなのに、運が良く助かったとはどういう事なのか。まさかテロ事件に巻き込まれた事は不運だが、無傷で済んだのは類い希な幸運によるものなのだろうか。
そんな事を考えていると、突然ウォレンが険しい表情で叫んだ。
「おい、これ! 荷物がやべーぞ! 運んでたやつ、押さえろ!」
咄嗟に飛び出したのはマリオンだった。マリオンは降りようとしていた御者を流れるような動作で引き摺り倒すと、そのまま地面へ後ろ手に抑えつける。警察官の基本的な逮捕術だ。
「ウォレンさん、何があったんですか?」
「見ろ、この荷物。管理用のタグが全部潰されてる。軍用品の横流しモンだ。箱からすると、セディアランドのもんだぜ」
「中身は何です?」
「多分……火薬だな。見覚えがあるぜ、これは」
「つまり、四回目のテロ事件に使われる所だった?」
「って事だな、この状況じゃよう」
まさかエイブラムは、こんな早くに四回目のテロ事件に巻き込まれたというのだろうか。偶然にしてはあまりに出来過ぎている。まるで本当にエイブラムが引き寄せたとしか言い様がない。