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特務監査室の応接スペース。そこでテーブルを挟み件の青年とウォレンが座っている。テーブルの上には五枚の白いカードが並べられ、青年はその中から一枚を選ぶように言われている。カードの中に一枚だけ、円のマークが入っているのだ。
「じゃあ、これ……って、また外れ!?」
「おいおい、マジかよ。もう二十回目だぞ」
青年の捲るカードは、既に二十回連続で白地だった。当たりの確率が五分の一とは言え、それを二十回連続で外すのは一度当てる事よりも遥かに難しい。当然ウォレンも何ら細工はしておらず、これは明らかに青年の引きが悪いとしか言いようのない事態だった。
青年の名前はエイブラム。聖都の商業施設を管理する会社に勤めており、主な仕事は店の売り場のチェックやイベント等の企画進行をしている。ごく普通のサラリーマンと言えばそうだが、彼は今年に入って三件ものテロ事件に遭遇しているため、普通とはどうしても言い切れない身の上である。
「はあ……これはもう何度やっても同じですよ。私は昔からこういう引きの悪さだけは誰にも負けませんでしたから」
「何て言うか……ただただツイてないとしか言いようがねえな。しかし、そんなんで仕事とか上手く行くのかよ?」
「そういうのは大丈夫なんです。きちんと計画を立てて実行するような事は、起こるべくして起こる事しか起きませんから」
「初めから運頼りみてーな事だけは駄目ってことか」
だが、テロ事件の勃発など運頼りどころではない。巻き込まれたにせよ標的にされているにせよ、それは世間一般で言う所の不運そのものである。避けようとして避けられる事ではない。
「運が悪いのは確かなんですから、これはもう単純に運が悪くてテロに巻き込まれただけでは? 可能性は限り無く低いですが、ゼロではないはずです」
そうエリックが結論を付ける。しかしウォレンはこれに反論する。
「いや、運って一言で言ってもな、必ず法則性みてーなもんがあるんだよ。普段は何ともない、しかし運頼りでは必ずしくじる。そこに因果関係があるんだって」
「その根拠は?」
「それがさ、先週のレースなんだけど。前に何となしに買った馬が予想外の一等賞でさ。その同じ馬が出てるんで買ってみたら、今度は全然でよ。つまりだ、俺の場合は私欲が絡んでると賭事はうまくいかねーって法則なんだよ」
「勝ったのが予想外と言われるような実力の馬が、たまたま一回だけまぐれで勝っただけの話でしょう。単に順当な結果に落ち着いただけです」
しかもギャンブル好きの理屈はまさにオカルトの宝庫である。運というものに人格があるかのように認識していたり、実際に形として存在していると信じていたり、とても参考になるものではない。
エイブラムの不運を仕組みとして解析出来るのだろうか。そもそもそんな事をする意味があるのだろうか。エリックは頭を悩ませる。
「エイブラムさん、あなたは普段の生活で自分は特別不運だと思った事はありますか?」
「特別不運ですか? うーん、そう言われても。運が悪いなあと思うことはありますよ。でもそれって、誰でも有り得る事じゃないですか。たまたま心身が不調な時に、普段なら対処出来るような問題が起これば、今日はツイてないって思うでしょう? 私もそんな程度ですよ。いえ、確かに三件も爆発テロなんか巻き込まれたのは不運ですけど、こんな事は生まれて初めてですし」
エイブラムの言う事に違和感は無い。人の言う不運とは、そんな程度の日常で起こる些細な不都合でしかないのだ。ではそれが何故突然と重大事件に立て続けに巻き込まれたのか。それ自体に必然性が無いとしたら、本当にたまたま巻き込まれただけとなる。あの落雷でさえも、無数の建物や避雷針を避けつつ人間を直撃する事故があるのだから。
「それじゃあ、エリックくん。今度は一緒にお散歩してみようか」
「はい? 何ですか急に」
不意にルーシーが気の抜けた口調でそんな提案をする。
「実際街中でも一緒にぶらついて、本当に不運かどうか確かめたら良いじゃない。ツイてるツイてないなんて、本人は自覚無い事だってあるんだし。客観的な判断が必要よー」
「まあ……それはそうですけど」
ルーシーの提案にエリックはあまり乗り気ではなかった。その実験は、下手をすると四回目のテロ事件に遭遇しかねないからだ。そうなれば、三件の事件は完全にエイブラムの人並み外れた不運が巻き込んだだけと断言出来るが、エリックも命は惜しい。
「ま、先輩も一緒に行けばいいのよ。いざという時に盾にすればいいし」
ルーシーの言葉にウォレンはいささか不満気な顔をする。それは、ウォレンには初めからエリックの盾などいつでもなる意思があり、それを茶化されたような気がしたからだ。
そして、
「大丈夫ですよ、エリック先輩。私も同行します。対テロ用の警邏の訓練も受けていますから、絶対役に立ちますよ」
マリオンはそう息巻いている。おそらく久々に警察らしい仕事が出来るからなのだろう。
人の運を試すために、大の大人が寄ってたかって何をやっているのか。
今のこの状況こそ、まさに客観的に見ればおかしな様子だと、エリックは自虐的に思った。