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 国家安全委員会の聴取室。その横に隣接する傍聴スペースには、ラヴィニア室長とエリックの二人の姿があった。ほんの僅かな覗き穴から見える聴取室には、委員会の人間が三人、彼らに聴取されている青年が一人居る。かなり長い時間拘束されているらしく、青年からは疲れの色が窺えた。
 青年には今年に入って起きた三件のテロ事件実行犯の容疑がかけられているが、国家安全委員会は決定的な証拠を掴めずにいた。青年の身辺を細かに調査したが思想的な部分も含めて不審な点が一切見付からなかったのだ。ならば容疑自体が誤りではないかと普通は思う所だが、そこには一つ無視できない事柄があった。それは、青年が三件のテロ事件の全ての現場にいて、いずれも無傷で済んだただ一人の人物だからだ。三回も続けば、それは偶然では片付けられないというのが国家安全委員会の考え方だった。
「ですから! あの停留所はいつも使っているんですって! 会社へ行くのに乗合馬車を使う人なんて、聖都には数え切れないほどいるでしょう!?」
「だが、君はその日に限って一本遅れた時間にやってきた。複数の目撃者の証言もある。それは、待合室に爆弾を仕掛けたためではないのか?」
「その日はたまたま家の鍵が見つからなくて、出るのが遅れただけですって! 何度も言ってるじゃないですか……いい加減にして下さいよ」
 青年は三件のテロ事件についての質問を繰り返し浴びせられている。同じ質問をする事で返答内容が変わり、主張のほつれを見付ける事が目的の方法である。だが青年の主張は終始一貫しており、話の矛盾は見当たらない。代わりに感情的な物言いになっており、そのせいで言葉の齟齬や言い間違いが出て来かねない状態である。そこを突かれると本格的に被疑者から容疑者へ扱いが変わるが、それでは事件の根本的な解決にはならないだろう。
「エリック君、どう思うかしら?」
「主張に矛盾はありませんね。今の段階で容疑者扱いにするのは無理があると思います。ただ、確かに三件も関わって無傷なのは不自然過ぎますね」
「真犯人の身代わりにされてしまっているのか。もしくは、本当に単純に運が悪いのか」
「僕は前者だと思いますが……うちが呼ばれたという事は、後者の線で調べたいという意図があるって事ですよね、委員会の方に」
「そういう事でしょうね」
 しばらくして、傍聴スペースに国家安全委員会の担当者がやってきた。国家安全委員会の人間は偽名を名乗るかそもそも名乗りもしないかのどちらかだが、今回は名乗らず担当者とだけ言う方の人間だった。
「如何でしょうか? 彼が実行犯と思われますか?」
「いいえ。調査のプロのあなた方でも決定的な証拠が見つからずシロなのですから、きっと彼は本当に実行犯ではないと思います。ただ利用されているか、もしくは単純に不運なだけかでしょう」
「でしたら、しばらくそちらでも監視して戴けませんか? 本当に不運なだけかは、我々では判断しかねますので」
 その申し出にエリックは心の中で舌打ちする。それは、テロ事件に巻き込まれるような不運な人間に自分達は張り付きたくないから特務監査室にやらせようという魂胆だからだ。
「分かりました。それでは彼の身柄は特務監査室の管理下に置きますので」
「よろしくお願いします。彼はこれから解放いたしますので、そこで引き継ぎという事で」
 最後に一礼し、国家安全委員会の担当者はその場を後にした。明らかに厄介ごとを押し付けられたようにしか思えず、エリックは険しい表情を浮かべた。
「室長、良いんですか? これ、絶対に厄介ごとを押し付けられただけですよ。誤認したせいで初動捜査が遅れた事を取り繕うだしにされてますって」
「そうね。でも、貸しは作れるわ。うちのような小さい組織は、一つでも多くの貸しがあった方が良いのよ」
「その貸しに見合いますかね。もし四度目のテロが起きたら、洒落になりませんよ」
「大丈夫、彼のすぐ傍についていれば幸運に守られるわ」
 ラヴィニア室長の言葉に、エリックは訝しむような返答をする。運というものの存在は、漠然とは信じている。しかしそれは川の流れ以上に不可解で読む事が出来ない。だからこそ、詭弁には良く使われている印象すらあった。
「我々の仕事は監視では?」
「接触しないとは言ってないわ」
 つまり、監視と言うのは完全に同行しながらのものということなのか。
「さ、エリック君。今から挨拶に行きましょうか。こちらの趣旨も説明して納得して貰わないと」
「は、はあ……分かりました」
 三度もテロ事件に巻き込まれ無傷でいられるのは、どう考えても運ではなく、必然的な理由によるものである。単に証拠が無いだけなのだ。そうエリックは思っているものの、特務監査室としては彼の不運さを調べなければいけない。そしてその不運はテロ事件を呼び込むものだ。
 凄まじく危険な状況に陥る場合がある、そんな仕事である。気乗りがしないのは単なる運否天賦だからではなく、具体的に命がどうこうなる危険性を孕んでいるからだ。