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囚人番号2943が懇意にしている故買屋は、表向きは非常に地味な店構えのアンティークショップを経営している。盗品をそのまま店に並べる事は無く、基本的には繋がりのある露天商などに流している。ただし、特に高価な品物に限っては店に留めておき、極一部の人間にこっそり売る事があるという。アンティークでも貴重な物は大体その扱いとなるそうだ。
以上の情報を元に、エリック達は四人でこのアンティークショップに客として訪れた。ルーシーを先頭に、後からエリック達三人が続く。三人とも黒いスーツ姿に統一し、終始無言のまま店内を物色するルーシーに続いた。その姿はまるで、どこかの富豪の令嬢に従う使用人達のようであるが、それはルーシーの案で意図的にそう見せている。故買屋に、ルーシーが金払いの良い上客と思わせるためだ。
一通り棚を眺め終えたルーシーは、おもむろに店長らしき初老の男に話し掛ける。
「品物はこれで全部かしら? もっと変わった物を扱ってると聞いてきたんだけれど」
「うちは見ての通り、しがない古物商さ。そんな洒落た物はありませんよ。一体どこでお聞きになったんです?」
「目抜き通りの隅でやってる、移民達の露天よ。ちゃんとしたものなら、こちらで扱っているかも知れないと話してくれたの」
「なるほど。それで、一体何をお探しで? もしかしたら、倉庫に隠れているかも」
「私って見ての通り、知識階級じゃない? そんな私が欲しがる物と言ったら本しかないわ。本、知識の象徴、それもただの本じゃないわ。昨今の低俗で無教養向けの本なんて、手に取る価値すらないもの」
「さてさて、ありましたかなあ。っと、その前に。お代の方は?」
「ウォレン、お出しして」
ルーシーの指示に、ウォレンはむすっとした表情のまま懐から金貨の袋を三つ取り出す。
「足りるかしら?」
「結構。ああ、そうだ、思い出した。先日、いい本が流れて来ていたんだ。すぐに持ってきましょう、絶対にあなたも気に入るはずさ」
金を見て即座に顔色を変えた店主は、急ぎ足で奥へ一旦引っ込むと、程なく一冊の本を抱えて戻ってきた。
「さあ、これだ。装丁に宝石は使われて無いが、この通り緻密な金糸の網細工がされている。ページは全編手書き、正真正銘活版印刷時代の前の作品だ。傷みも無くページ欠けも無し。早々お目にかかれない完品だ」
早速ルーシーは本を手に取り中を確かめる。紙は古い羊皮紙で大分経年劣化による変色もしているが、書かれている文字ははっきりと識別する事が出来た。本の内容は様々な薬草を用いた調合法や民間医療について記されたもので、医学的には今の時代に価値のないものである。ただし、手書きの本は非常に歴史的価値が高く、研究のための資料としては有用である。
「ええ、結構です。大変気に入りましたわ。戴きましょう。これと同じような物は他に無いかしら?」
「いえ、入荷したのはこれだけです。またいらして下さい、それまでには何とか都合いたしましょう」
正式に本を購入したエリック達は、執務室へ戻ると早速本の詳しい精査を始める。
今回、この本が事件に関わりがあると推測を立てたのはルーシーである。呪いという非科学的な文化に馴染みのないエリック達は、唯一の有識者であるルーシーに本の調査を任せる。
「んで、実際これどうなんだよ? ここまでアホなことさせておいて、空振りでしたーはナシだぜ」
鬱陶しそうにネクタイを外しながら訊ねるウォレン。正装に慣れていない彼にはネクタイは煩わしい物でしかないのだ。
「最初にも言ったけど、あくまで可能性の話だからね。あんな風になる可能性の高いのが、本の呪いだからってこと」
そう答えながらルーシーは本の装丁を細かく調べる。呪いの手がかりは、本の内容には限らないのだろうか。
「ルーシーさん、それは本そのものに呪いがかかってるという事ですか?」
「まあね。昔から本には強烈なのがかかってる事が多いの。普通呪いってのは標的となった人間、例外としてかけた本人くらいまでにしか影響しないんだけど。本の呪いだけは、標的だけでなく家族や親類までにも影響を及ぼすくらい強いの。だから、もしも囚人某の家族の死因が呪術的なものだとしたら、間違い無くこの本に痕跡があるの」
「どうして本にだけ、そんなに強い呪いがかけられるんですか?」
「本ってのは、今でこそ活版印刷が当たり前になってるけど、昔は写本するのが当たり前だったの。同じ内容の本を作るのに、ひたすら睨めっこしながら朝から晩まで書き続けて。手や首、視力や腰、中には精神まで病んでしまう事もあるの。普通の根気じゃ到底足りない作業、そうやって生まれた写本を盗まれて売りさばかれでもしたら、書いた人はどう思う?」
「まあ犯人を憎むでしょうね、普通は」
「だから本に呪いをかけるようになったの。この本を無断で持ち去った者に、可能な限り大きな災いが降りかかるようにってね。おっと、あったあった」
ルーシーは見返しの遊び紙を丁寧に剥がすと、それは二枚の遊び紙に分かれた。そして接着面には古い書体と様々な記号の組み合わせで奇妙な紋様が描かれていた。
『我らの主よ、来たりませ』。典型的な呪いね。本を盗んだ者に天罰を与えよってこと」