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男の営む古物商店は、住宅街の一画にある奥まった場所に開かれていた。建物は古く小さいが、広い地下室があった。男はその地下室を呪具の製作場所と本業の倉庫にしていた。
「こちらです。この棚にあるものが全て、私の作った呪いの道具になります」
見るとその棚には、如何にもな胡散臭い品々が並んでいた。妙な跡のある壺、不気味な表情をした人物画、禍々しい飾りのついた短剣、どれも曰く付きの品だと聞かされたら思わず信じてしまいそうな出来映えである。これだけ器用ならば、他にもっと真っ当な稼ぎ方があったのではないか、そうエリックは思った。
「んじゃ、これ全部没収ね。ウォレン先輩、ちゃっちゃと運び出して」
「いや、それはいいんだけどよ。……触ったら呪われねえ?」
「仮に本物だとして、別に運ぶくらいなら平気よ。たまーにトラップ的な呪いもあるけどお。これは盗むんじゃなくて私達に贈呈する、そうでしょ?」
「は、はい! おっしゃる通りです! どうぞ、お持ち下さい!」
男はすっかりルーシーの言いなりになっている。ともかく、彼の作ったこれらの品々は世間に出回った所で百害あって一利なしである。回収しか方法は無い。
「で、次は資料ね。それらも全部没収だから」
「はい、分かっております! 私はもう呪いはこりごりですから!」
男はすぐさま別の棚に駆けていき、そこにあった数々の冊子や紙束をテーブルの上に並べた。きちんと製本したものもあれば、紙を紐で括っただけの手製のものまである。中には何か生き物の皮を使っているらしい本もあったが、そこにはあまり触れないようにした。
並べられたそれらの資料を手に取り読み始めるルーシー。かなりの量はあったが、ルーシーは凄まじい速さで次々と捲っては伏せ、また次を捲くる。本当に頭に入っているのかと思いたくなる速さだ。そして、しばらくするとルーシーはおもむろに溜め息をつきながら頭を横に何度か振った。
「アンタこれ、どこで手に入れたの?」
「その、旅の行商人から買ったと言いますか、その」
言葉があからさまに淀む。ルーシーは机を叩いて睨み付け威嚇した。
「ヒッ! も、申し訳ありません! 実は、港の倉庫街なんかにいる不法移民の連中から流して貰ったものでして」
「はっきり言いなさいよ。盗品って分かってて買ったでしょ?」
「は、はい……」
どうやらこれらの資料は、そもそも入手経路からして怪しいらしい。確かに真っ当な本屋では取り扱うはずもない代物ばかりだが、不法移民に調達させたという事は彼らが違法な手段を使っている事を黙認したという事である。
「それで、どうなんでしょうか……?」
恐る恐る訊ねる男に、ルーシーは読み終えた資料の一冊を放り投げ説明を始めた。
「呪術師って、呼ばれ方は違うことがあるけど、世界のあちこちにいてね。その人達が嫌がる事の一つが、自分らの技法が流出して素人に悪用される事なの。呪術師に近付くと呪い殺されるとか、呪いの器具を触ると呪われるとか、そんなイメージあるでしょ? それも気安く近付かれないように流布した嘘なワケ。呪術師は大昔からそうやってイメージ戦略で呪いの乱用を防いでいたの。それでも手を出す馬鹿は、やっぱりどうしてもいてね。だからハッタリだけじゃ駄目、特に軽率な人間には相応の報いが必要ってなったの。そうして出来た対策の一つがこれ」
テーブルに並ぶ資料を指し示すルーシー。一同は首を傾げる。
「それはどういう事でしょうか?」
「アンタが買い揃えたこの資料、全部呪術師が意図的に流したトラップよ。この資料に従って作ると、作った本人が呪われる、そういう仕掛け。まともな知識があるなら絶対に引っ掛からないんだけどね」
「ではルーシーさん、つまり彼は自分で自分に呪いをかけてしまったという事ですか?」
「そういうこと。本当はちょっと痛い目見る程度で済むんだけど、アンタは大量に作って世間に流した。流石に呪術師達もそんな馬鹿がいるとは考えもしなかったみたいね。小さな呪いという呪いが重なり合って、もう手が付けられないくらいに強まってしまったというのが真相よ」
「それでは、この呪いを解く方法は!?」
「多分無いわね。前例のない事態だから。あるとしたら、呪術師一人一人に直接会って、事情を説明して呪いの解き方を教えて貰うよう懇願するくらいかな」
しかし、人に近付かれる事を嫌がる呪術師の身元を特定するのは非常に難しいだろう。それが全員分となればもはや絶望的である。
男はこの事実に気付くや、茫然自失した表情で膝から崩れ落ちた。もはや彼は二度と元の姿には戻れないのだ。生きながら人生を閉ざされたに等しい。
果たしてこれは、本当に自業自得と言って良いのだろうか。あまりに報いが重過ぎたりしないだろうか。そう考えてみたものの、そもそも発端は人を呪う道具を偽って商売をした本人にあり、もしも資料が本物であれば実際死人が出てもおかしくはなかったのである。やはりこの結末が相応なのだろうか。
「しかしまあ、よりによって嘘の技法ばかりここまで集めるとはね。運が悪いと言うか、過ぎた欲が身を滅ぼしたと言うか。授業料としては高かったわね。あ、そうだ忘れてた。顧客名簿も出して。そっちも回収しないといけないから」
ルーシーは男に対してまるで同情の欠片も見せていない。それは致し方が無いだろう。ルーシーは呪術師ではないが、それなりの知識はあり、悪用する輩は同じく許せないのだ。
悪徳が不運を招いたのだろうか。エリックは不確定な物事をあまり信じてはいないが、悪行が身を滅ぼすのは普遍的な事なのかも知れない、そう思わざるを得なかった。