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「頼む! 助けてくれ!」
そう叫びながら執務室へ突然となだれ込んで来たのは、三十そこそこの見覚えのない男だった。酷くやつれ顔色が悪く、睡眠不足から目が充血している。急な出来事に困惑する一同だったが、男は床を這いつくばりながら何度も何度も助けを懇願してくる。その姿を見て、とにかく尋常ではない何かが彼の身に起こっているようだった。
しかし、ただ一人ルーシーだけはいきなり辛辣な態度を取る。
「お前、一回外出ろ! そんなナリで入って来るな!」
珍しく声を荒げて、這いつくばる男を何度も蹴飛ばしながら執務室の外へ追い出した。あまりの対応に、普段はおっとりとしているラヴィニア室長すら狼狽の色を見せた。
「ちょ、ちょっと、ルーシーちゃん? いきなりそれはちょっと……」
「ああ、駄目! 室長も、みんなも、こいつに迂闊に近付かないで!」
ルーシーは尚も声を荒げてそう言い付けドアを閉める。何をそんなにルーシーを激高させるのか、誰にもそれは分からなかった。困惑する一同を余所に、ルーシーは自分の机に行って引き出しの中を探り始める。その間もドアはしきりに外から叩かれ、男の助けを乞う悲痛な声が聞こえてきた。
「ったく、確かここにあったはず……」
「ルーシー先輩? いきなり何なんですか。全然話が見えないんですけど……」
「ああっ? ……ああ、分かんないか。今のアイツ、とんでもなくヤバいの。どうせ自業自得なんだろうけど、こっちまでとばっちり食うこともないから。っと、あったあった。これ、全員首につけて」
ルーシーが皆に配ったのは、明らかにセディアランドの文化にはない、様々な石や動物の牙を組み合わせて作ったらしいネックレスだった。
「何ですこれ?」
「簡易的な魔除け、というより結界を張るの。あくまで簡易的だから、あいつとは絶対接触しないで。うつされるかも知れないから」
「うつすって何を?」
「呪い、呪詛、まじない。それも、色んな種類が重なってゴチャゴチャになったカオスなやつ。アイツ、とにかく普通では有り得ないくらいの数で同時に呪われてるの。祓うとかそういうレベル通り越してるから」
大勢から呪われている。その言葉にすぐ納得したのは、ウォレンとラヴィニア室長の二人。エリックはまたかとうんざりした表情をする。良く理解の出来ないマリオンは、きょとんとした表情で空返事をするだけだった。しかし、
「マリオンは事の重大さ分かってないみたいだけど。今回は私が仕切るからね。絶対に従うこと。いいわね?」
ルーシーに強く睨まれ、マリオンは思わず反射的に何度も頷いた。
「ほら、もう入って来ていいわよ」
ドアを開けると、男はまた飛び込むような勢いで入ってくる。一同はルーシーの言葉もあって、即座に男から距離を置いた。
「あらかじめ言っておくけど、勝手に私らに触ろうとしたら痛めつけて見離す。指示に従わなくても同じ。嘘をつくのも同じ。いいわね?」
「は、はい! ですから、とにかく助けて下さい!」
男はルーシーの前で膝を付き何度も頭を下げ助けを乞うた。だがエリックには、彼がそこまで危険な存在にはとても見えなかった。いわゆる霊感という感覚の有無のせいだろうか。しかしこれまでに何度もこういった手合いの事件には遭遇しているため、実感が無くとも正しく取り扱わなければならない事は承知している。
「それで、アンタ何やったの? その様子じゃ心当たりあるんでしょ」
男はルーシーに言われ床に両膝をついた格好をさせられたまま事情を話し始める。
男は古物商を営んでいるが、もう一つ秘密裏に請け負っている仕事があった。それは、いわゆる呪術的な器具をアンティークという名目で呪術を欲しがる人間に売りつけるというものだ。呪術は科学的に立証されていないため、人に害を及ぼしても違法にはならない。そこを突いた商売だったのだが、ある時から男の身に異変が生じる。それは呪いとしか思えないものだった。そして自分が呪われる心当たりもあった。男が売りつけていたのは本物の呪術師が作ったものではなく、古い文献を参考に自作した偽物だからである。それで顧客達は本物の呪術師に依頼して自分を呪わせたに違いない、そう男は主張する。
「しょうもない事やって。自業自得よ、自業自得。で、ここのことはどうやって知ったの? うちがどういう所なのか、知ってて来たんだよね」
「は、はい。それが今朝頃突然と家に手紙が来まして。ここは特務監査室で間違いないですよね? 手紙にはこの場所と特務監査室の名前、それとエリックという方を頼れば呪いは解かれると書いていまして」