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 目を覚ましたエリックは、早速青年の様子を見に行った。青年もまた雷の音で目を覚ましたらしく、ベッドで寝たままこちらを振り向いた。
「いやあ、降ってますねえ。参ったなあ」
「調子はどうですか?」
「ちょっとね。この空模様じゃ、駄目かな」
 青年は昨夜よりも大分余裕があり、顔色もましになって来ていた。しかしまだ起き上がる事すら困難らしく、体の怪我もほとんど治っていないようだった。朝になって太陽の光が入って来てはいるが、この空模様では体を回復させる程ではないのかも知れない。つまり、青年の治癒力は日光の強さに比例しているのだろう。
「仕方ないですね。病院に行きましょうか。素人の手当てじゃどうなるか分かりませんから」
「い、いや、それは本当にやめて―――いてて」
「そこまで拒むなら、理由くらい教えて下さいよ」
「その……うーん、参ったなあ。あまり聞かない方が良いと思うんだけれど」
「犯罪に関係しているから?」
「一応。ちょっとというか、どっぷり」
「僕は警察の人間ではありませんから」
「だったらいいかなあ。お兄さん、親切で良い人そうだし。いやでも、だから巻き込んじゃいけないよなあ。うっ、あいたたたた」
 青年はやはり犯罪に関わっていて、この怪我もその事が原因にあるようである。話を渋るのは、無関係なエリックを巻き込みたくないという配慮であるようだった。
「大丈夫です、こちらも色々伝手や何かありますから」
「伝手、と言うと?」
「僕は警察の人間ではありませんが、警察にちょっとした伝手のある特殊な官吏だという事です」
 そしてエリックは、特務監査室について最小限の説明をする。青年はあまり良くは理解しているようではなかったが、少なくとも裏社会の危険性を理解し対処できる人間だという事は伝わったようだった。
「それで、ここだけの話なんだけど。俺って実はいわゆる不法移民ってやつでさ。本当は南ラングリスってとこの人間なの。ここには出稼ぎで密入国してるワケ。そういう業者がいてね」
「密入国がバレて強制送還されたくない。だから病院に行きたくないと。警察に通報されかねないから」
「そうなんだよね。もう一緒に来た仲間はみんな見つかっちゃって、残ってるのは俺だけなんだけどさ」
 セディアランド、特に聖都にはかなりの数の不法移民がいる。そしてその大半が不法就労、犯罪に関わっているという。不法移民は発見次第母国へ強制送還する決まりになっている。彼もその対象になり得る人間の一人だ。だから病院を頑なに拒んでいたのか、そうエリックは納得する。
「そういう不法移民を集めてさ、要するに死んでも構わないって人間だよ、それを使って色々あくどいことをする元締めがいる訳さ。危険な仕事をさせたり、他人の罪状を肩代わりさせたり、まあろくなもんじゃない。それで俺は、危険な仕事のために集められて監禁された人達を勝手に解放したんだよ。ところが逃げる時にへま打っちゃって捕まって、酷い目に遭って、だけど何とか隙をついて命からがら逃げ延びたって訳さ」
 それで、あんな半死半生のような状態で、路地裏に転がっていたという事か。
 青年の傷は明らかに拷問を受けたものだった。犯罪組織の逆鱗に触れるような真似をして捕まったのなら、怪我の経緯も納得が行く。
「どうしてそんな事をしたんです? わざわざ敵を作るような危険な事をして。誰か知り合いでも捕まってたんですか?」
「いいや、そういうんじゃないんだよ。不法移民の俺だけどね、実は聖都に来たばっかりの頃に、言葉では言い尽くせないほど世話になった恩人がいてさ。ろくでもない仕事をしていた俺達をまとめて引き取ってくれて、キツいけどまともな仕事を回してくれて人間らしい生活を出来るようにしてくれたんだ。だから俺達、いつかその人に恩返しをしようって思って仕事頑張ってたんだけどさ。もういい歳の爺さんでさ、去年に肺炎であっけなく死んじゃったんだ。それで、俺達決めたんだ。あの人は俺らを悪人から救ってくれたから、俺達も同じように悪人から人を救おうって。それがあの人への恩返しなんだって」
 だから彼は、あの日も銀行強盗の事件にわざわざ自ら首を突っ込んでみんなを助けようとし、昨日も監禁された不法移民を解放したのだ。それがどんなに危険でも、恩返しという明確な目的があるから、あそこまでの無茶を働いたのだ。
「日光で怪我が治る奇妙な体質をしていますが……だからと言って無茶が過ぎると思いますよ」
「そりゃね。自分でも無茶だと思ってるし、正直あくどい連中は本当に怖いやつばっかりだから関わりたくないよ。だけど、あの人は行き場のない俺らに本気でぶつかってくれたんだ。その恩を返すには必死にならないと駄目だって思うんだ。簡単に出来るような事じゃ、それは恩返しじゃないんだよ」