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朝の内にマテレア村を出たエリックとマリオン。丁度昼を過ぎた頃、この地域の村々への移動の中継地となる拠点に到着した。聖都へ行くにもマテレア村以外の村へ行くにも、一度ここを経由し馬車を乗り換えなければいけない。行きは直行だが帰りは乗り継がねばならないのは、地方出張の際には良くある事だった。
到着してまず二人は、近くの食事処へ入った。釜と鍬の会について調べなければいけないのだが、先に休憩が必要だった。特にマリオンは朝食を抜いているため、空腹もそろそろ限界らしかったのだ。
拠点地の食事処は多くの人で賑わっていた。地方から出て来た者、これから帰る者、この近辺に住む者、実に様々である。ただ、エリック達のような如何にも勤め人という風体の人間は少ないように感じた。近隣の産業は大体農産業関係のため、その従事者が多いのだろう。
食事を終えた二人は、お茶を飲みながら次の展開についてを話し合う。だが釜と鍬の会の拠点が分からないのでは接触のしようがなく、その信者を探すにしても総当たりしかない上にいたずらに警戒させてしまうという状況の再確認に留まってしまった。釜と鍬の会を探すには、人出も時間も足りない。この状況に打つ手が見つからず、溜め息が漏れてしまう有り様だった。
「エリック先輩、やっぱり一度聖都へ戻りませんか? サイモンとはあまり目立たないようにと合意が取れたんですし、当面の危険は回避出来ているんです。ですから、釜と鍬の会の事は追加案件として一度仕切り直す事にしましょうよ」
「確かにそうかも知れないけど……釜と鍬の会が安全な組織なのかどうかも確認しないと、本当に当面の危険を回避出来たのか分からないよね。そこを曖昧なままで帰るのは、ちょっと難しいかな」
「でも、実際に釜と鍬の会の足取りが掴めないのは事実なんですし。今から手当たり次第は現実味が薄いですよ」
マリオンの言い分はもっともである。釜と鍬の会が危険な組織なのかは分からないが、それを確認するために接触する現実的な手段が無いのでは行動そのものが難しいのだ。
エリックもそれは分かっているが別件での焦りがあり、その決断力を鈍らせていた。ラヴィニア室長はまだ入院中で、特務監査室のあらゆる決定権は実質エリックにある。室長不在の中で、未解決や見落とし、解決困難なケースを作りたくはないのだ。それではラヴィニア室長に負担をかけてしまう事になるのだ。
だが、ここはやはり実利を取ってマリオンの言う事に従うべきなのかも知れない。そう自分を納得させかけていた時だった。
「ん? 何だ、これ……」
ふとエリックは、テーブルの隅に詰まれていた小さな紙束に視線を止める。それは質のあまり良くないチラシ紙で、明らかに手書きで何事かが書かれている。良く見るとそのチラシ紙は、他のテーブルにも同じように置かれていた。
何かの勧誘か宣伝だろうか。そう思いながら、何気にチラシ紙を一枚手に取って見てみる。そしてエリックは、その内容に驚き、思わず顔を近付けて食い入るように読み始めた。
「あなたの苦しみをみんなで分かち合いましょう。解決手段はきっと見つかります。全ての農業従事者のために。私達は釜と鍬の会……?」
「え、それって……!」
マリオンもすぐにチラシ紙を取って読み始める。
チラシに書かれていたのは、良くある勧誘の文章だった。農業従事者を対象にした、農作業のスポット的な手伝いや農機具の一括購入といった互助会のような組織らしいが、冠婚葬祭も執り行う宗教的な要素も取り入れているようだった。おそらく、こういった厳しい環境から必要に駆られ生まれた合理的な助け合いの手段なのだろう。
「何かこれ、文面をこのまま受け取ると、普通の互助会みたいな組織に思えるね」
「確かにそうですね。連絡先とか集会所の住所までちゃんと丁寧に書かれてますし」
あまりに呆気なく見つかった、釜と鍬の会の手掛かり。これは実は何らかの罠ではないかと一旦疑うものの、チラシ紙自体は食事処のあらゆる所に置かれており、おそらく部外者を狙うような類にしては乱雑過ぎる。ただ文面通りの目的で配置しているのであれば、釜と鍬の会とは世間から隠れて活動するような後ろ暗い組織ではなく、単なる農業従事者のための互助会のような組織なのだろうか。
「マテレア村で聞いた感じとは随分違っているようですね、エリック先輩」
「やはり何らかの情報を隠していたのかも知れないね。住所もちゃんと書いてくれてる事だし、早速行って話を聞いてみよう」
二人は会計を済ませると馬車の手配を始めた。チラシ紙によると釜と鍬の会はラバート村という場所に本部があり、今から行けば夕方までには着くとの事だった。早速二人は馬車に乗りラバート村へ向かう。