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「えっ!?」
 翌朝の朝食の時間。昨夜、マリオンと示し合わせていた事を村長達に伝えると、案の定揃って驚きの声をあげた。
「奥さん、妊娠されていたんですか?」
「ええ、まあ。二ヶ月目だからまだ目立たなくて」
「しかし、だからと言って遠征にまで付いてくるのは危ないでしょうに」
「昔から言い出したら聞かないもので。でも、流石に今回は言うことを聞いて貰いますから」
 三人に打ち明けたこと。それは、マリオンは実は妊娠していて悪阻が酷くなった、という事だ。無論嘘であるが、ここには夫婦という設定で来ているため、非常に説得力がある。マリオンはこの場にはおらず、客室で休ませていると伝えている。その方がより説得力を増すからだ。
 正直、嘘をつくにしてもあまり気の乗らない嘘だと、エリックは未だ内心思っていた。しかし自然に村から出るにはこれ以上無い嘘であるだけに、やむなく採択してしまった。ともかく、村長達の前でぼろを出さないようにしなければ、エリックはただそれだけに努める。
「確かに、奥さんの体調を優先すべきでしょうな。どれ、サイモンにも少し見てもらいましょう。急変してしまっては事ですからな」
「ええ、お願いします。それと、申し訳ありませんが馬車の手配もお願いします」
 馬車の事を村長に頼むと、エリックはサイモンと共に客室へ戻った。マリオンは一応の体裁としてベッドで寝ているが、サイモンはそれを微塵も疑わずに傍へ近付いた。そしてマリオンの様子を窺いながら、額にそっと手のひらを置く。
「大丈夫です、すぐに楽に……え?」
 サイモンは驚きと戸惑いの表情を浮かべながら手を離す。それを合図にマリオンはベッドから体を起こし、エリックは部屋のドア側へ回った。そんな二人の様子にサイモンは更に困惑し、おろおろと二人の顔を交互に見る。
「あの……奥さん、悪阻どころか妊娠すらしていないのでは……?」
「そんな事まで分かるんですね。申し訳ありません、あなた一人と話がしたくてこういう手段を取らせて戴きました。別に害を及ぼす意図はありませんので、どうか落ち着いて下さい」
 エリックはサイモンに自分達の本当の身分や目的などの一切を打ち明け、サイモン自身の力の使い方についてもなるべく慎むようお願いした。当初は戸惑っていたサイモンだったが、エリック達の素性や話の内容を理解してくれたのか、目立たないようにという事をあっさり快諾した。そもそも彼自身が目立ちたくないせいもあるのか、こちらの要請についてさほど抵抗が無いようだった。
「それで、エリックさん達はこれからどうされるのでしょう? 何か自分でお力になれることからあれば、是非」
「釜と鍬の会について調べようかと思っています。マテレア村側だけの視点では、状況を正確には把握出来ませんから。彼らについて、もし何か知っていたら教えて頂きたいのですが」
「そうですか……何分、自分は記憶も無くろくに村の外にも出た事がありませんので、何を訊かれてもお答えのしようがない有り様でして。お力になれず申し訳ありません」
「いえ、こちらも無神経な事を言ってしまいました。そのお気持ちだけで結構ですよ。それに、御自身の力の事について御理解頂けただけで充分です」
 ひとまず、サイモンについてはこれで問題は無いだろう。自分の力が世間をいたずらに騒がす可能性があることと、今後も自重する事を意識してくれれば、少なくとも彼自身が大きな問題を起こす事は無くなるはずである。
 そして次はサイモンを取り巻く環境について、もう一つの一因である釜と鍬の会だ。マテレア村と彼らと、一体どちらの言い分が正しいのか。その判断をするためにも、釜と鍬の会の証言は聞いておく必要があるのだ。特に彼らが主張していたこと、我らの村にお戻り下さい、という言の詳細は重要な事柄に思う。村長が話さない、彼らとサイモンとの関係性の真相がそこに隠れているのかも知れないのだ。
「そう言えば、サイモンさんは記憶が無いので名前は村長につけて貰ったそうですね。何か由来でもあるのですか?」
「噂でちょっと聞いた話ですけど……村長には昔、今の自分くらいの息子がいて、流行病で亡くしたそうなんです。それで自分がその息子さんに似ているそうなので、名前をそのまま戴いた形になります。本当かどうかは本人に訊いた事はありませんけれど、もし本当だったらと思うとなかなか訊き難いので」
「亡くなった息子の名前、ですか……それはまた複雑ですね」
 老境に入り気力も衰えてきた所で、かつて亡くなった自分の息子とそっくりな記憶喪失の青年が突然と現れたなら。確かに自分の手元に置きたくなるのは当然の事だろう。サイモンをこの村に留め置く理由は、村としては救世主の力が大きいのだろうが、村長に限っては案外私情だけなのかも知れない。