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村長の後を追って村の入り口近くまでやってきたエリックとマリオン。するとそこでは、大勢の人間が片っ端から激しい取っ組み合いを繰り広げていた。
「何なんだこれ……」
大の大人達が顔を真っ赤にして取っ組み合う様は想像以上に異様で、エリックはその迫力に圧倒されるあまりその場に立ち尽くしてしまった。しかしすぐさま気を取り直して心を落ち着けると、まずは先に飛び出していったはずの村長の姿を探す。
「エリック先輩! あそこ!」
マリオンが指差したのは、取っ組み合う集団からやや離れた木陰にうずくまる村長の姿だった。見れば額に怪我をしているらしく、頭から顔にまで血が滴り落ちていた。傷口辺りを手で押さえてはいるが、それだけでは出血の勢いは収まらないようだった。
「大丈夫ですか!?」
エリックが声をかけると、村長は息を切らせながらエリックの方をしっかりと見て答える。
「あ、ああ、エリックさん。ここは危ないですから、早く離れて……いえ、この現状をしかとご覧になって記事に付け加えて下さい。あの者らは、我々から救世主を簒奪しようとするどうしようもない悪徳共です」
この突如現れた連中の目的は救世主を簒奪すること、つまりサイモンを誘拐しようという事なのか。それほどまでに、サイモンの力は不特定多数相手へも影響力を持っているという事なのか。
「いえ、まずそれよりも傷の手当てを」
「なに、これくらい。どうという事はありませんから、きゃつらの所業を」
村長の意識ははっきりとしてはいるが、かなり興奮し取り乱しているようだった。それに、頭の怪我は後から症状が出るため油断は出来ない。無理にでも村長を一旦屋敷へ連れ帰るべきだろう。
マリオンと共に村長に肩を貸して立たせる。それでも村長はまるで祝詞のように、自分は大丈夫だから放っておけ、連中の悪行を取材しろ、としきりに繰り返している。
これはどうしたものか。そうエリックが悩んだ時だった。
「村長!」
大声をあげて駆け寄ってきたのはサイモンだった。屋敷に残るかと思われたが、どうやら飛び出して来たようである。
「ああ、酷い。なんて怪我だ。すぐに治しますから」
サイモンは村長の怪我をしている額に手のひらを横向きに当てると、そっと一撫でする。
「さあ、もうこれで大丈夫です。後は血を拭けば」
村長の顔まで滴っていた血を持っていた布で拭く。すると、あんなに酷かった出血がぴたりと止み、血を拭った後はすっかり元通りだった。
一部始終を見ていたエリックとマリオンは、驚愕しながら顔を見合わせる。明らかに圧迫した程度では止血出来ない傷だったはず。そもそも傷そのものが消えているのだから、止血の技術がどうこういう話ではない。
これが救世主の力だと言うのだろうか? 少なくとも、何か普通ではない力が働いているのは間違い無い。
「ああ、サイモン。お前はこんな所へ来てはいけない! 早く屋敷へ」
「大丈夫です、すぐに戻ります。エリックさん達も」
村長に肩を貸しながら頷くエリックとマリオン。しかしその様子を運悪く暴徒の一人が見つけ、指差しながら大声を上げた。
「おい! 救世主様だぞ!」
「おおお! 救世主様、お恵みを!」
「救世主様! どうか我らの村へお戻り下さい!」
その言葉の直後、これまで混沌と渦巻いていた熱気が一気にこちらへ向けられるのを、エリックは自らの肌で感じ取った。そして暴徒達が一斉に自分達の方へ群がってくるのを村人達が体を張って阻止する。
「エリック先輩! 早く行きましょう!」
再び唖然としていたエリックに、マリオンが血相を変えてそう叫ぶ。その言葉の勢いで我に帰ったエリックは、村長を抱える力を強めると一気に屋敷の方へと駆けていく。自分でもここまでの力が振り絞れるとは思ってもみなかったエリックだったが、それでも背後からあの暴徒達が追い掛けては来ないかと不安でならず、一時たりとも気を抜く事は出来なかった。
どうにか屋敷に辿り着いたエリック達四人は、すぐさま手分けして屋敷中の戸締まりをする。そして二階の窓から先ほどの場所の様子を窺ってみると、暴徒達はやや村の外側へ押し出されてはいるものの、未だ抵抗の勢いを失ってはいないようだった。
「何なんですかあれ……。あんなの、聖都じゃ一度もありませんでしたよ」
息を切らせながらマリオンは青ざめた表情を浮かべる。警察官時代に荒事の取り締まりは経験しているが、あそこまでの暴徒は流石に初めてなのだろう。
「今のが釜と鍬の会の信者だそうです」
「あれがですか!? あんなの、物騒なだけの連中じゃないですか……」
宗教家とはもっと厳かなものではないのか。そんなマリオンの心境にはエリックも同意する。
とにかく、一旦は落ち着けるだろう。エリックは足腰がすっかりくたびれている事に気付き、傍らの椅子に腰を下ろして深い溜め息をついた。
信者だそうです。
ふとその拍子に、今のサイモンの言葉にエリックは引っかかった。サイモンが自分で確かめた訳ではなく人聞きでそう認識しているようだが、それは正しく伝えられているのだろうか。良くは分からないが、何となく直感的にエリックはそこへ嫌なものを感じていた。