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 翌朝、エリックとウォレンは再びあの現場を訪れていた。ケネスが潜伏していた場所は国家安全委員会の持ち分になっているが、好意で現場検証だけはさせて貰える事になったからだ。
 アパートは爆発の影響で破損が酷いため、急遽建設会社へ依頼し建設用の足場を組む事で潜伏場所の検証を行っていた。昨日エリック達はたまたま踊場に居たため、爆風の直撃も受けず建物の倒壊に巻き込まれる事もなかった。しかし、改めて外から建物の壊れ具合を見たエリックは、自分達は本当に運良く助かったのだと改めて思わずにはいられなかった。
 組まれた足場を通りながら、ケネスが潜伏していた部屋の中へ入る。部屋は爆心地だけあって壁や床の大半は吹き飛び、残った部分もほぼ炭化している。足場の上でなければ、踏み込んだだけで下の階へ落ちるだろう。
「何にも残ってねえな、流石に」
「あの爆発ですからね。せめて証拠品の一つも欲しい所なんですが」
 国家安全委員会から貰った検証の所感について書かれた資料を読む。
 部屋から男性らしき遺体の一部が見つかっていて、現在司法解剖中である。おそらく、今回の一連の連続殺人事件の犯人であるケネスと見て間違いないだろう。凶器となった密造銃らしき破片は幾つか見つかったが、あまりに損傷が激しく修復は不可能と思われる。設計図等の資料については現在捜索中だが、現場の状況から発見は絶望的との見通しだ。
「やっぱり爆発時にケネスは部屋の中にいたようですね」
「まさか、警察と聞いてもう逃れられないと思ったのか、自爆して死んだって事か?」
「普通に考えればそうですけど……」
 あんな大胆な犯行手口を取る男が、そう簡単に諦めて自死するだろうか。エリックはそこが納得いかなかった。
「案外、突然ドアを大声で叩かれたもんだから、ビビってうっかりミスってドカーンだったりしてな」
「たまたま火薬の調合中だったって事ですか? まあ、無くは無いかも知れないですけど」
 恐ろしいのは、これだけの爆発を起こすほどの火薬をケネスが所持していた事である。それらを全て密造銃へ注ぎ込んだとして、一体何人の人間を殺すつもりだったのか。今ここで死んでくれた方が将来的に見ても良かったのかも知れない。
 足場から眼下を見ると、部屋の床スレスレに組まれた更に低い足場の上で数名の捜査員が捜索を行っている。一つでも多くの証拠を集めようと必死なのだろう。再びこういった事件が起こらないとも限らないため、今後の対応策に繋がる資料や情報が一つでも多く欲しいのだ。
「どうします? 何だか、僕らがここにいても進展はしなさそうですし、邪魔なだけな気がしますけど」
「だ、な。引き上げるか」
 特務監査室が確保しておきたいのは、世間が混乱するような存在である。密造銃が有り得ない技術の塊だったとして、これから見つかった現物や設計書が国家安全委員会へ渡るのなら、それはそれで良いと考えている。彼らは彼らの基準で、そういった危険物を隔離する方策があるからだ。
 現場の責任者に挨拶をし、エリックとウォレンは庁舎への帰路につく。もはや事件は完全に解決したと言ってもいい、突然訪れたそんな状況にいささか困惑を感じていた。
「なんか呆気ない終わり方でしたね。まさか被疑者死亡なんて」
「下手に生き残られるよりもリスクが無くせて良かったって思うこったな。銃なんざ気軽に持ち歩けるようになる方がやべえし世の中のためにならねえ。そうなる芽を摘めたって思えばいいさ」
 特務監査室が容疑者を拘束した場合、通常の裁判などで裁かれる事はほとんどない。彼らの起こした事件は現行の刑法に当てはまらない場合が多く、生きているだけで事情を知らない第三者と接触される危険性も高まる。本音ではきちんと殺人罪で裁かれて欲しかったが、目的はあくまで拡散の阻止、治安の維持である。法手続きよりも目的を優先しなくてはならない。
「ん?」
 その時だった。エリックは道端で何かに躓き、思わず足元を見る。するとそこには、真っ黒に焦げた箱のような物が落ちていた。思わず拾い上げ蓋を開けて見る。すると中には、真っ黒に炭化した紙だったらしき物が詰まっていた。
「お? これもしかして、あの現場からか? こんなとこまで吹っ飛んで来るって、どんな爆発だよ。俺らよっぽど運が良いな」
「何の書類でしょうか。焦げてほとんど読めませんね」
 ケネスの部屋にあったものであれば、何か重要な証拠品になる可能性が高い。しかし、相当な衝撃と熱に曝されたせいか、肝心の内容がいずれも読むことが出来なかった。だがエリックは念のため一枚くらい無事なものは無いかと全てを確認する。
「あ、これは無事な所が多いですよ。他は全滅ですね」
 慎重に取り出したその一枚は、全体的にやや茶色がかってはいるが、まだ紙としてのしなやかさを失っていなかった。書かれている文字や絵図もちゃんと視認が出来る。
「何だこりゃ? 銃の設計図か? グリップや引き金はあるが」
「そんな感じですが……やはり銃身が短いですね」
 それは、銃らしき物の設計図のように二人には見えた。細部まで事細かに描かれているが、こういった物は素人である二人には全く内容が理解出来なかった。