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 早朝、運送会社の事務所の片隅でエリック達は件の容疑者が現れるのを待っていた。会社の方には既に話を通し、作業着を着て社員を装っている。容疑者が現れ次第、対応をこちらに引き継いで貰うのだ。
 まだ外は薄暗いものの、事務所の窓から見える荷馬車の発着場では先ほどから何度も荷馬車が入れ替わり立ち替わりやって来ては、社員達が荷下ろしを威勢良く行っている。これらは聖都の内外から集まってくる様々な荷物だが、中には港から荷揚げしたばかりの品物まで含まれている。輸入代行以外にも国内の流通を取り扱っているのだろう。セディアランドは世界でも有数の豊かな国であるが、改めてこの国は物で溢れかえっているとエリックは思った。
「すみません、例の品物が届いてました」
 ふと事務所に大きな麻袋を抱えた社員がやってきた。すぐさま宛名を確認すると、タグには確かに殺されたセロンの名前が記入されている。
「ありがとうございます。では、この荷物を取りに来た者はこちらへ繋いで下さい」
「はい、分かりました」
 荷物は無事税関を通ってここへ到着した。後は容疑者であるケネスが受け取りにやってくるのを祈るばかりである。一番まずいのは、こちらの動きをケネスが知って取りに来ない事だ。そうなった場合、ケネスの足取りを辿るのはもはや不可能だろう。
「さて、後はケネスの奴が来るかだな。まー、流石にこっちの動きまでは分かってねーはずだがよ」
「ただ、万が一はあるかも知れません。少なくとも、容疑者はラヴィニア室長がどういう人物なのかを知るくらいの情報源を持っているのですから」
「そこは厄介だよな……かと言って、俺らもそんなに幾つもやれることはねーんだ。今はうまくいく事を祈るしかねーよ」
 現状の疑問として、特務監査室の存在だけでなくラヴィニア室長までを知り得た手段がはっきりとしていない。そもそも特務監査室の本業は官吏でも極限られた一部の人間しか知らないのだ。ラヴィニア室長がその責任者だと分かっていても、本業が何かを知らなければ狙う理由が産まれないはずなのである。
 これは、特務監査室を知る人間の中に情報を漏らした者が存在するという事なのだろうか。ならば、それこそ何のために漏洩させたのか。少なくとも特務監査室は、省庁間での政敵など存在しない空気のような組織である。リスクを犯すほどのメリットは考えられない。
 エリックが様々な仮説に思考を巡らせ、小一時間ほど経過した頃だった。再びあの社員が、今度は慌てた様子でやってきた。
「大変です! 来ましたよ! セロンって名乗った男の方が!」
 その言葉にエリック達は飛び上がるような勢いで椅子から立ち上がった。
「今はどちらに?」
「正面玄関の所で待って頂いてます。荷物は今持ってくると伝えておりますので」
「分かりました。では、後は自分が持って行きますので」
「はい、よろしくお願いします」
 遂に容疑者であるケネスがやってきた。エリックの背筋に緊張が走った。ここで感づかれて逃げられでもすれば、まず間違い無くケネスは二度と捕まえられないだろう。慎重に対応しなければならない。
「大丈夫ですよ、エリック先輩。うまくいきますって」
「おう、そうだぞ。緊張してたらうまくいくのもいかなくなっちまう」
「は、はい。段取りの方は大丈夫ですよね?」
「ああ。お前が一人で荷物を渡す。その後を俺達がつけてヤサを突き止める。合ってるだろ?」
「大丈夫です。では、行って来ます」
「おう、行ってこい。おい、ルーシー。お前いつまで寝てんだ。仕事だぞ」
 ウォレンに頭をはたかれ不機嫌に目を覚ましたルーシーの声を背中で聞きながら、エリックはセロン宛ての荷物である麻袋を抱えて事務所を後にする。
 配達拠点の正面玄関は事務所を出て廊下を真っ直ぐ行った突き当たりにある。流石に朝の早い時間であるため他に人がおらず、たった一人立っている青年が件のケネスだとすぐに分かった。エリックは、ここで慌てて彼をケネスと呼ばないよう、再度自分に言い聞かせてから彼に話し掛けた。
「えーっと、お待たせしました。セロンさんで宜しいでしょうか?」
「はい、そうです。すみませんね、こんな朝早くに」
「いえいえ。ではこちらの書類に受領のサインをお願いします」
 エリックが書類を手渡すと、ケネスは受け取りさらさらと淀みのない仕草でサインを書いて返した。偽名を使っているのに実に堂々と振る舞っている。見た目は極普通の平凡な青年に見えるのだが、既に四人も射殺しているのだ。それなのに平然としているのだから、まともな精神状態であるはずがない。
「ではこちらをどうぞ。重いので気を付けて」
「ありがとう。大丈夫です、こういうのは慣れてますから」
 そう笑うケネス。その表情の好青年さが内心エリックは恐ろしく思った。この後突然自分も撃たれやしないか、そんな不安さえ覚える。