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四人はすぐさま病院へ向かった。搬送先は中央区の警察病院で、庁舎からは歩くには遠く馬車では近過ぎるという非常に半端な距離だったが、この時ばかりは全員が走る事を選択する。
病院へ到着すると、裏口へ回り衛兵に特務監査室の人間である証明をする。程なく一人の医師がやってきたが、通されたのは病室ではなく彼の執務室だった。
「ラヴィニアさんは、現在集中治療室におります。絶対安静で、面会も遠慮して戴きたい状態にあります」
「怪我の具合はどうなんですか?」
「それなんですが……」
すると医師は、引き出しから何かを取り出して見せてくれた。丁度手のひらに収まるくらいのバッジ、三日月のシンボルに何本かの斜線が引かれている。それは特務監査室の身分証だが、シンボルの金属部には大きなへこみが出来ている。
「ラヴィニアさんは丁度胸の辺りを至近距離から……信じ難い事ですが銃撃されたようです。ただ、運良く弾丸がこれに当たったようで、衝撃は大きく緩和されました」
「では、助かるんですね!?」
「それでも五分と言った所です。衝撃は体内に伝わり内臓が大きなダメージを受けています。それに肋骨も一気に四本完全骨折しました。いつ急変してもおかしくはない状態です」
「そうですか……」
だが、これまでの被害者はいずれも即死だった。それに比べたらラヴィニア室長は遥かに幸運と言えるだろう。まだ望みはあるのだ。
「何か進展がありましたら、すぐにそちらへ御連絡いたしますので。本日の所は、どうかこれでお引き取りを」
「分かりました……。室長のこと、よろしくお願いします」
「はい。万策を尽くします」
どうしても一目ラヴィニア室長に会っておきたい。そういう思いがあったが、情緒的な都合で医師達の仕事を邪魔する訳にはいかない。四人は仕方なく、そのまま病院を後にした。
四人は誰も口も開かず無言のまま特務監査室の執務室へと歩いていった。突然の事で何をどうすればいいのか事態に頭が追い付いていなかった。酷く混乱している時は言葉も出ないのか。そうエリックは現状の自分を思った。
執務室に戻ると、マリオンが誰に言われる事もなくコーヒーを淹れる。それを無言のままゆっくりと飲んだ。それでも誰一人口を開かない。思考は落ち着きを取り戻しているのだろうが、お互いの出方を窺っている節があった。
そんな中で最初に口を開いたのはエリックだった。
「どうして室長が狙われたんでしょうか?」
これまでの被害者から、ようやく接点を見つけ出した矢先の事である。当然だが、ラヴィニア室長に彼らとの接点があるはずがない。通例に当てはめていけば、ラヴィニア室長が銃撃されるのは明らかに理由が無いのだ。
「いや、知らねーよ。無差別にやったんじゃないのか? たまたま運が悪かったんだろ」
「それじゃあ変ですよ。今までの被害者は共通点があったのに、ラヴィニア室長だけ別なんて」
「じゃあ、何か他の理由があるってことかなー」
「他の理由ってな。犯人が、これ以上俺を捜すんじゃねーぞって脅しをかけてきたとかか?」
「それなら警察をやるでしょー普通は。ただの通り魔がうちを狙う理由なんて無いんだし」
ラヴィニア室長にだけ、銃撃されるほどの別な理由があったから。ラヴィニア室長があの特務監査室の責任者だという情報があったとして、そのまま殺意に繋がるものだろうか。取り締まる組織に対して脅迫を行うのであれば、真っ先に狙われるのは最も動員数が多い警察関係者のはずである。
どうしてラヴィニア室長を目障りに思ったのか。エリックはしばし考え込んだ後、ある推論を立てる。
「犯人が、特務監査室の存在とどういう組織なのかを知っていると仮定して。ラヴィニア室長を狙ったのは、特務監査室なら事件の真相を明らかにする可能性があるから……?」
「じゃあ、何か。犯人が殺しの手段にしてるのは、俺ら向きの物だって事か? だから専門の組織に嗅ぎ回られたくないと?」
「少なくとも犯人はそういう自覚があるんですよ。それに、今回の一連の事件だってそもそも不自然な事だらけじゃないですか。絶対に有り得ない狙撃を誰にもバレず見つからずにやってるんですから。普通じゃないんですよ手段は」
前提が強引過ぎるが、それならば筋は通る。しかし、現状で最も重要なのは犯人の動機ではない。
「それはそうですけど。でもエリック先輩、そもそも犯人のことこれ以上どうやって捜したらいいんでしょうか? ケネスの行方から引き続き探します? もしかしたら、犯人に狙われる所を保護できるかも知れませんけれど……」
「せめてラヴィニア室長が目を覚ませば……犯人の顔くらい見ているのかも」
「いや、見てねーだろ。誰にも見られない距離の狙撃だぞ」
犯人の人相が分かれば、かなりの重要な手がかりとなる。しかし、銃で狙撃する距離では顔どころか姿形すら見る暇もなかっただろう。やはり目撃証言を得るのは難しい。
「そう言えば狙撃って、いつそうだって決まったんですっけ?」
「いや、決まるも何も。至近距離で撃ったら目撃者出るからだろ? 狙撃しか無いだろ」
「至近距離でも目撃者が出ない銃だったら?」
「そんなのあり得るかよ。銃身だけでもこのぐらいの長さはあるもんなんだぜ。それがようやく量産出来るようになってきたって代物なのに、携帯出来るくらいの小型化なんて有り得な―――」
そこでウォレンは、自分の今発した言葉に気付き手を打つ。
「そうか、だからか! そういう銃を密造出来たからって事なのか、室長狙ったのは!」