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「ねえ、マリオンは血は平気?」
唐突にルーシーに訊ねられたマリオンは、質問の意図が分からずきょとんとした表情を浮かべる。
「えっと、血ですか? まあ警察官でしたから、そういう現場には何度か出くわしてますし。……変な意味での血じゃないですよね?」
「変な意味なんて無いでしょ。ま、いっか。これなら連れて行けるね。はい、じゃあみんな、お仕事行きますよー」
ルーシーはマリオンの疑問には特に答える事もなく、自席に戻って外出の準備を始めた。ルーシーはマイペースでいささか協調性に欠ける人間であることは、マリオンも既に承知している。しかし彼女が自ら外出の準備をするのは珍しい事だった。これは本当に事件の絡みか、そうマリオンは直感する。
そこへ普段は不在がちなラヴィニア室長が入ってきた。
「みんな揃ってるわね。じゃあ早速だけど、今から現場に行って貰います。ルーシーちゃん、説明は終わったかしら?」
「大丈夫、みんな血は平気って言ってましたし」
その返答に、ラヴィニア室長がやや眉をひそめる。どうやらまた必要な説明を勝手に省いているようだった。
「ちゃんと説明はしてあげて。特にマリオンは初めてなんだから、先輩の指導が大事なのよ」
「はーい。じゃあ、パパっと要点だけね。室長補佐、黒板持ってきて」
ルーシーに指示され、エリックは溜め息をつきながらもルーシーの側へ移動式の黒板を持って来る。ルーシーは白墨を手に、さらさらと黒板へ何やら様々な図と注釈を書き出した。
「もう何度か錬金術師の取締りはやったから、錬金術についてのあれこれは分かるわよね? 今回もまた、その錬金術師共の逮捕っていうか身柄の拘束しに行くんだけど、研究内容がちょっと気合い入ってるようなので、キツいの見るかも知れないから注意してねってのが前提ね」
「おい、全然分かんねーぞ。今回のホシは何やらかしてんだよ」
そう半笑いでガヤを入れるウォレン。しかしルーシーはそれを露骨に無視する。
「錬金術の理想が金の錬成と不老不死の研究で、現実は生ゴミと爆薬の密造ばっかりだったでしょ? たまーに金を作れる奴はいるけども、今回はそっち方面じゃないの」
「じゃあ、不老不死ですか? それこそまさか」
そんな事が出来るはずがない。そんな否定的な表情のマリオン。だが最後まで言い切らなかったのは、特務監査室ではその有り得ない出来事が良く起こっている現実があるからだろう。
「まーねー。そんな妙薬、作るのは無理っしょ。ただ、その不老不死方面に本気で研究してる奴らがいてね。厄介な事に資金やら環境やらをこっそり支援してる血迷った企業もいるのよ。それでそいつら、まず最初の段階として人間を作ろうとしてるの。アレじゃないわよ。フラスコの中で作る方ね。それで生命の仕組みを解き明かして、最終的には不老不死を成し遂げるっていう計画なの」
「生ゴミは生ゴミでも、かなり本格的なのがあるかも知れないってことかよ。俺、今夜は筋トレするから夕飯にステーキ食おうって思ってたのに」
再びガヤを入れるウォレンだが、今度は半分以上本音が含まれているように聞こえる。
「ま、清掃まではウチらの持ち分じゃないけど、目に入る事は入るからねー」
「だから、グロテスクなものを見るかも知れない、という意味での質問だったんですね……」
「そういうこと。ま、大丈夫でしょ? 猟奇殺人よりはマシだろうから」
企業のバックアップを受けて、本格的で非倫理的な生物の研究をしている。それは少なくとも、今まで生ゴミと笑って来たような物とはまるで違うものが作られている可能性が高い。それらが社会に流出した場合、与えるショックの大きさは計り知れないだろう。
「そうなると、かなり大規模な捜査になりますね」
「それは大丈夫。国家安全委員会を使って、研究所の場所と人員は全部押さえてるから。捕まえるのは研究者三人、バックアップしてた企業の取締りと研究施設の封鎖はあっちに任せるけど、危ない証拠物は先に私達で押収するかその場で隠滅ね」
「安全委員会って、よくうちなんかの仕事を手伝ってくれましたね。ただでさえ縦割り組織なのに」
「なんか最近手柄無くて困ってたみたいだからね。室長がそこをつついてうまいこと交渉してくれたのよー」
ルーシーの説明にはただ微笑み返すラヴィニア室長。具体的にどんな交渉かは知らないが、エリックはたまにこの表情の裏側に恐ろしさを感じる事があった。
「不老不死の現実味はともかく、今回はあまりに倫理的に問題のある研究であるため、我々が強制的に中断させ再発させないよう成果を全て抹消することが目的です。そういう訳ですので、精神的に辛い物を見るかもしれないでしょうが、社会への悪影響を未然に防ぐためにも頑張っていただきたいのです」
「分かりました。これは強制捜査ですよね? 私、結構得意なんです! 小太刀なら持って行ってもいいですよね?」
事件の全容が明確になり、マリオンが急に張り切り出す。強制捜査が得意などというセリフに一抹の不安をエリックは感じたが、実際この手の取締りは超法規的な対応でなければ出来ないのが現実にある。とは言え、エリック自身はあまり荒事の場は得意ではなく、セディアランドの安寧秩序のためでなければとてもやる気にはなれなかった。