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「以上で、ライナスさんは本日より公的に死亡した事となります」
そう言いながらエリックは幾つかの書類をライナスへ手渡した。ライナスは一通り目を通し、傍らのサマンサへ手渡す。彼女もまた興味深そうに書類を読み始める。
「これは死亡証明書とか、そういう奴ですよね?」
「ええ。それと新しい戸籍と旅券もあります。ただ、少なくとも当面は聖都から離れて貰わなくてはいけませんが。特に顔見知りとの接触は行わないで下さい」
「それは構いませんよ。実は私もそのつもりでしたから。それに仕事柄、海外生活は慣れたものですし」
そう話すライナスには安堵の色が浮かんでいた。
数日前、ラヴィニア室長経由で相談しに来た時は、憔悴のあまり顔色も悪く酷く陰鬱な印象があった。今回その原因となるものを取り除いたため、彼本来の明るい気質が表に出て来たのだろう。
「ライナスさんは個人での輸入業をされているんでしたっけ」
「はい。お金持ち相手に、なかなか手に入らないレアなものを危険地域からね。まあ、こういう体質をフルに生かせる訳ですよ。あ、一応法律は守ってますからね。商取引禁止の品とか違法な物は取り扱ってません」
「そこは信じますよ。特段追加調査もしませんからご安心下さい」
ライナスは個人事業主であるが、その羽振りの良さは単純に本人の商才に拠る所が大きい。楽に生活出来るほど稼げるのだから、わざわざリスクのある犯罪に手を染めるのは無意味だと考えるタイプなのだろう。
「しかし、なかなか信じがたいですね。不死身の人間がいるなんて」
「正確には死んでも蘇るんですよ。どういう理屈かは分からないですが。危険地域に行った時も、何度か死んだ事がありましたね。一度なんて、危うく火葬される寸前で参りましたよ」
特務監査室に依頼が来たという事は、当然普通ではない事は把握していた。しかし、自分は不死身の体質であるが誰かに何度も殺されて困っている、という相談など、とても俄には信じがたいものである。ところが過去の記録には、こういった尋常ではなく生命力の強い人間は何度か出現しているのだという。そして命を狙われている事そのものが事実である以上、不死身の真偽に関わらず対応しなければならない案件である。
「一応、念のためですが。あなたのその体質は決して公言されませんように。騒ぎを起こすようでは、我々も動かざるを得ませんから」
「勿論。この体質の事はサマンサにしか打ち明けてませんよ。下手に怪しげな科学者なんかに見つかって人体実験でもされたらたまりませんからね。あーそうそう、顧客の中には不死身になる方法は無いのかって真剣に相談して来る方がいるんですよね。大体強めの精力剤で納得してくれるんですけども。もしこの体質の事がバレでもしたら、それこそ捕まって血を吸われかねませんよ」
随分と明るくなったものだ。とめどなく流暢に話すライナスに、エリックは思わず苦笑いを浮かべる。
ライナスを狙っていたケヴィンという男は、そもそもサマンサに対して情念を持っていた。それがいつしか交際していると思い込むようになったのだが、丁度その頃にサマンサがライナスと交際を初めてしまったことが事件の発端である。ケヴィンは既に起訴され、今週中にも裁かれる事になる。二件の計画殺人と一件の計画殺人未遂、順当に行けば死刑となるだろう。ライナスはこれで命を狙われる危険から解放される事になるのだ。それはサマンサにとっても将来的なリスクが取り除かれる事になる。
「あの、ちょっと個人的な興味本位での質問をしてもいいですか?」
唐突にそう訊ねたのはマリオンだった。ライナスは小首を傾げながらどうぞと続きを促す。
「本当に不死身だったら、命を狙われる事もそんなに脅威には思わないものではないのですか? 最悪、一度差し違えるくらいすれば良いでしょうし」
どうせ死なないと分かっているのなら、襲われる事について神経質になる必要は無いのではないか。そんな疑問である。
「いやいや、幾ら不死身でも殴られたら痛いですし、毒を飲まされたら苦しみますよ。誰だって痛いのは嫌でしょう? 差し違えるなんて、私には無理無理。そんな度胸ありませんよ」
「あ、割と普通の理由なんですね」
「私は、この体質さえ除けば、本当に平凡な男ですから。うちには風邪薬も痛み止めも沢山あるんですよ。苦しいことには人一倍辛抱がきかない性分なので」
ライナスは、あくまで死んでも蘇生するだけで、それ以外は普通の人間と何ら変わらない。だから、誰でも嫌がる怪我や病気の苦しさも同じように感じるのだ。
一通りの説明と手続きが済むと、ライナスとサマンサは再度お礼を述べて部屋を後にする。程なく二人は他国へと渡るそうだ。彼のような才覚と明るさがあれば、異国であろうと何とかやっていけるだろう。そうエリックは思った。