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ケヴィンは、今回の逮捕はどこか異質だと感じていた。以前傷害で逮捕された時は、管轄の警察署の留置場に入れられ警察官との取り調べの時も同じ建物の中だった。しかし今回は、頭に袋を被せられた状態での護送だった。そして今、取り調べ室のような部屋でようやく袋を外されたが、明らかに地下室である事と、部屋の中にいる人間が誰一人として警察官の制服を着ていなかった。取り調べの担当が刑事であっても、調書を書くのは必ず制服の警察官のはずなのだ。自分は警察署ではない場所に連行されているのだろうか。
「これからあなたには幾つか質問をします。正直に答える事は強要しませんが、それは決してあなたにとって不利益にしかならない事を承知して下さい」
ケヴィンにそう説明する男の顔に見覚えがあった。彼は自分がライナスを殺そうとした時の現場にいた、やや小柄の男だ。どこか他の三人を従えている雰囲気があり、おそらくリーダー格の立場なのだろう。そしてその傍らにいる腕組みをして立つ逞しい体躯の男は、まさにその時に直接邪魔をした男である。
反対側には警棒を露骨に腰から下げて見せつけている背の高い女、その後ろにいる別の女は何故か椅子に座りお菓子を食べている。警棒の方はまだしも、お菓子を食べている方は明らかに警察官ではない。一体自分はどこの何に捕まったのか。ケヴィンは疑問が尽きなかった。
「あんたら……私服の刑事か? そんな風には見えないが」
「僕らは警察官ではありません。所属も答えませんので悪しからず。理由は心当たりがあるとは思いますが」
「もしかして、ライナスか? あいつ、やっぱり普通の人間とは違うのか?」
その質問に対して男は答えなかった。それも答えるつもりはないという意味だが、その黙秘こそが何よりの解答であるとケヴィンは感じた。
「あなたには、二件の殺人容疑と一件の殺人未遂容疑がかけられています。いずれも計画的であるため、裁判では死刑判決になる可能性が極めて高いです。避けたいのであれば、正直な供述を期待します」
「二件の殺人って、なんだ、やっぱり死んでいたのか。あのライナスのやつは。いや、待て。そもそも最初の二件はライナスじゃなかったのか?」
「それはつまり、二件の殺人について認めるということですね」
「ああ。確かにライナスを殺したと思っていたんだ。そうか、俺は違う奴を殺しちまってたのか。クソッ、なんでもっとちゃんと確認しなかったんだ」
ケヴィンが口惜しげに舌打ちする。しかしその悔しさは、殺人の標的を誤った事よりもライナスを殺すのを失敗した事に対するものだ。
「それで、ライナス氏への殺人未遂。これも認めますか?」
「ああ、そうだ。しくじってしまったよ。流石に三人目となれば警察だって動いてるだろうからな、慎重にやってたつもりだったんだが。そこのアンタ、すげえな。あっと言う間だったぜ、あれはよ。俺だって少しは鍛えてるんだがな。アンタも何かやってるのか?」
そう逞しい体躯の男へ軽口を叩くが、彼はやや不機嫌そうな表情を見せるものの無言のままだった。気安く話し掛けるな、という心の声が聞こえて来そうだった。
「それでは、三件の事件について。いずれもその動機はライナス氏への怨恨でしょうか?」
「ああ、そうだ。一緒に歩いていたサマンサっていう女性がいただろ? 彼女は俺と付き合っていたんだ。それがライナスの野郎、何か卑劣な手段を使ったに違いない、俺達を引き裂いたんだ」
「男女関係のもつれ、という事ですか。ですが、その二人の証言は大分違いますね。二人はあなたの事を知らないと証言しています」
「それはほら、ライナスの奴ですよ。あいつが無理やり口裏を合わさせている。調べてみて下さいよ、あいつのこと。絶対違法な事をやってますから」
一連の事件のきっかけはライナスの悪事にある。それが自分を殺人へ走らせた。ケヴィンの論調はライナス悪しきの一辺倒だった。そしてそれがあまりに身勝手な内容であるため、聞かされる四人は不快感を募らせていったが、ケヴィンはそんな彼らの様子には気付いていなかった。
「では、三件とも起訴となります。裁判は形式的なものになるでしょうが、外部には非公開で開かれます。国選弁護士はつきませんので、弁護は自分自身で行って貰います。何か質問は?」
ケヴィンがひとしきり話しきったタイミングで、唐突に聴取が打ち切られる。あまりにあっさりとしていてほとんど話も聞いていないのではないか。自分はまだ話したい事がある。ケヴィンは思わず席から立ち上がった。
「待ってくれ! 確かに俺は人を殺してしまったが、悪いのはそもそもライナスの方だ! だから情状酌量はあるんだろ!?」
「それは我々ではなく法廷で主張して下さい」
「あんたらは検事とか陪審員じゃないのか!? だったらちゃんと頼んでおいてくれよ! 俺だけが悪いんじゃないって!」
声を荒げて繰り返し訴えるケヴィン。しかし彼らはろくに聞きもせずドアの方へ向かっていった。自分は明らかに軽視されている。そう感じたケヴィンは見る間に顔色を変えると、怒りを露わに掴みかかっていった。
「おい、待て! 公僕の癖に、そんな態度が―――」
だがケヴィンの手が触れる直前だった。ケヴィンは傍らの男に遠慮も無く殴り飛ばされた。ケヴィンの体は座っていた椅子よりも奥へ転がっていく。
「おとなしくしてろ、クズが!」
ケヴィンを殴り飛ばした男は、憎々しげにそう吐き捨てる。そして四人は部屋から出て行った。扉にはしっかりと外側から鍵が掛けられた。この状況にケヴィンは、床の上に座ったまままるで理解が及ばず茫然自失としていた。何故公務員がこうも簡単に手を上げるのか。その事が理解出来なかったのだ。