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ケヴィンは何故自分が失敗したのかを考察し、すぐに結論に辿り着く事が出来た。世の中には薬物に対して生まれ付き抵抗力の強い人間がいる。事実、彼の学生時代の同窓生には生まれ付き麻酔が効かない体質の持ち主がいて、骨折の治療の際に酷く痛みに苦しんだと話していた。つまりライナスも同様にたまたま毒物へ強い体質の持ち主だったので、このように毒殺に失敗したのだ。
そしてケヴィンは次の手段を検討する。
最も確実なのは、ライナス自身の心臓を止める、もしくは胴体と首を切り離す事だ。しかしケヴィンには医者のような知識は無いため、心臓の正確な位置を狙う事は出来ない。やはりライナスの首を切り落とすのが最も確実だろうと結論付ける。
ケヴィンは犯行のための凶器を二つ用意する。一つは軍用ナイフのレプリカ、もう一つは伐採斧である。まず軍用ナイフで背中から奇襲する。それで動けない程度に負傷させれば、伐採斧で首辺りを何度も殴打する。それを繰り返し行えば、流石に素人でも人間の首くらいは切り落とせるはずである。そして以降はこの凶器を長いコートの中へ常に隠し持って行動するようなった。
後はライナスを襲撃する最も良いタイミングの選定である。まずケヴィンは、あらかじめ持ち出しておいた契約者の名簿からライナスの自宅を控えておいていた。西区の高級住宅街の一画に構える小洒落た一軒家で、明らかに独身男性が単身で住むようなそれではなかった。早速ライナスの自宅付近を訪れたケヴィンは、注意深く周囲の様子を窺ってみたが、明らかに警察関係者のような護衛や見回りの姿は見られなかった。ライナスはああいった目に遭いながらも警察には相談していないのだろうか。ケヴィンはその事がいささか気掛かりだったが、犯行中に邪魔に入られなければそれで構わないと割り切る事にする。
ライナスは週に何度か事務所と自宅を往復する。毎日通っている訳ではなく、たまに何日もどちらも空ける事があった。通常の勤め人とは違う不規則な働き方をしているようだった。しかしこの週末は、自宅を拠点にするとケヴィンは確信していた。ライナスが事務所の戸締まりを普段より念入りにしているのと、帰宅するのに荷物を何も持っていないからである。
ライナスが自宅へ帰った所まで見届けたケヴィンは、その後の動向をじっと窺っていた。次のライナスが外出するタイミング、人間が無防備になりやすい家を出た直後を襲撃する、そう決心していた。何度も何度も頭の中で襲撃の状況をシミュレーションするケヴィン。途中で思わぬ邪魔が入る事も想定して様々なパターンを考えたが、いずれもライナスの首をはねる結末は変わらなかった。そう、少なくともケヴィンは確信しきっていた。
やがて日が暮れ出した頃。不意にライナスの自宅を一人の女性が訪れた。彼女の顔を見たケヴィンは総毛立った。訪ねて来たのは、かつてケヴィンが彼女と同じ職場で働いていた時に付き合っていたサマンサだったからだ。
ケヴィンの内なる闘志が更に大きく燃え上がる。そもそもケヴィンがライナスを激しく憎むようになったのは、彼女をライナスに略奪されたからである。
一度中に入ったサマンサは、さほど時間も開けず、今度はライナスと連れ立って再び現れた。サマンサは輝くような笑顔を浮かべ、ライナスと腕を組んでいる。かつてその笑顔は自分へと向けられていたはずなのに。その思いがケヴィンの殺意を色濃くしていく。
この週末、二人はデートの約束をしていたのだろう。ただそれだけの事だが、ケヴィンにとってそれは許せない悪行だった。せめて人前で騒ぎにならないように犯行に及ぼう、そういう理性の働きにより躊躇いがあったのも事実である。けれど、今の目の前の光景により、その最後の理性はケヴィンの中から消え去った。
二人が歩き始めたのと同時に、ケヴィンもまた物影から姿を表す。足音を消しながら二人との距離を詰めていく。二人は間もなく大通りへと差し掛かるが、それより先にケヴィンが犯行へ及んだ。
視線は真っ直ぐライナスの背中へ注がれている。右手に軍用ナイフを構え、早足でライナスへと向かっていく。そして僅かに引き絞った腕をライナスへ繰り出しにかかる。
まさにその瞬間の事だった。
「おっと!」
繰り出したはずの右手は、その直後に脇から突然伸びてきた腕に掴まれ停止する。
意識と視界の外からの思わぬ妨害に、ケヴィンは唖然としたままその場に硬直する。しかし妨害の主はすぐさま次の行動へ移る。ナイフを持った腕をねじり上げると、ケヴィンは腕に走った激痛に思わずナイフを手放す。そしてそのまま地面に組み伏せられ、妨害の主に上からのし掛かられた。
「エリック先輩、証拠品を回収しましたよ」
ケヴィンが落としたナイフを、見知らぬ女性が布越しに広い袋へ入れる。それを受け取ったのは、やや小柄なやはり見覚えのない男だった。
「もう大丈夫ですよ、ライナスさん」
男は後ろで警戒しているライナス達へそう声をかける。ライナスは恐る恐る歩み出てケヴィンの顔を覗き込んだ。
「どうでしょうか?」
「いえ……全く見覚えのない顔です」
「あなたはどうです?」
「私も……はい」
二人は口を揃えて、ケヴィンを面識の無い人物だと答えた。