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「それで、先輩達はどうしたんですか?」
「まあ……とりあえず軽く聴取してな。少し詳しい調査が必要になるとか何とか言って飛び出して来た」
そうきっぱり答えるウォレンに、マリオンは驚きの表情を見せる。
「え、意外! ウォレン先輩は相手の事情なんか構わずズバッと切り込むタイプだと思ってました」
「うるせえよ。流石にこういうのは笑えねーんだよ」
ふてくされた表情のウォレン。マリオンの言う通り、そこであっさり引いてしまった事が自分の本意ではないという自覚があるのだろう。
「そのフィリップさんですけど。どうしてそんな格好をしたのでしょう? 普通だと、奥さんが亡くなった事実を受け入れられなくて奇行に走ったとなりますけど。うちの案件ということは、奥さんの幽霊に取り憑かれてたりとか?」
未だ幽霊への理解は薄いマリオンだが、とりあえず無理に幽霊に絡めてみたという推察である。しかし、エリックにとって印象の強かったこの事件は、そういう安易なものではない。
「マリオンいい着目してるねえ。でも違うんだなーこれ」
そうルーシーが得意気に話す。
「何で当事者じゃなかったお前がしたり顔なんだよ。とにかくだ、翌朝起きてきた所を聴取した時なんだけどよ。あいつは自分のしたことを覚えてねえんだ。それに、また妻が出て来た、あなた達はどこに居たんだ、なんて言い出してな。だから調査がどうとか言って一旦帰ったんだ」
「それで私のとこに相談に来たのよー。ま、新人に毛の生えたやつと脳筋じゃ、この手の問題の解決は無理ってこと」
エリックは当時の困惑を思い出す。フィリップの症状は、幽霊に取り憑かれたと言うよりも精神的な病にしか見えず、霊現象との切り分けが自分には出来なかったのだ。しかし、今同じケースを目の当たりにしても、やはり切り分けは未だ無理だろう。この手の事態は、どうしてもルーシーのような霊的な感覚が無ければ判断はつけられないのだ。
「ケッ、良く言うぜ。それだけじゃ分からないから、身辺調査をしないとって言っただけじゃねえか」
「まずは足場固めが大事なんですー」
そんな聞き慣れた二人のやり取りを余所に、エリックは話を続ける。
「……まあ、そんな訳で。室長のコネを使ってフィリップについて色々と調べたんだ。まず精神鑑定の結果は問題無し。既往歴も無ければ、ストレス症の兆候も無かった。精神面はいたって健康だったって事だね。それで次は身辺調査をしたんだけれど、そこでちょっとおかしな事が分かってね」
「何ですか?」
「実はフィリップには結婚歴そのものが無かったんだ。少なくともセディアランドの戸籍には配偶者の記載が無い」
「え? じゃあ亡くなった奥さんっていうのは?」
「フィリップの想像上の存在、精神鑑定の結果はデタラメ、と言いたい所なんだけれど。その一方で実は妻が本当に実在していた証言が結構出て来たんだ。内縁の妻、事実婚状態だった線も考えられるけれど、更に奇妙な事に、誰も彼女が亡くなった事を知らないこと、そして彼女がどんな姿をしていたのかも憶えていないそうなんだ。該当しそうな女性の戸籍から調べても特定は出来なかったし、火葬場の使用記録にもそれらしい内容は見つからない。けど、フィリップが来た事だけは憶えている係員だけはいた。フィリップの妻は様々な人の記憶には存在している。だけど、それを客観的に証明する証拠が何一つ無い。とにかく不自然な状況なんだ」
「確かにおかしな話ですね。不法入国者なら戸籍は無いでしょうけど、記憶でも姿が曖昧って事なら、それはやはり不自然ですし。じゃあ、女装したフィリップを他の人が奥さんだと勘違いしたとかは?」
「その線も無かったね。二人で出歩いてる姿がしょっちゅう目撃されているから」
「なら、本当にフィリップは一体何と生活していたんでしょうか……? 生きているのか死んでいるのか分からない以前に、存在しているかどうかも曖昧じゃないですか。ん? もしかしたら、後から奥さんの存在が曖昧に変わってしまったとか? うーん、何だか色々想像出来過ぎて見当がつかないですね」
「そういう所だよ、僕が怖いと思ったのは。結局フィリップには調査結果をそのままに報告し、受け入れて納得して貰うしかなかったよ。本人も口では分かったように答えたけれど、多分納得はしていないと思う。もしかすると、今でも夜な夜な奥さんの幽霊が出て来て悩まされているのかもね」
根本的な解決にはなっていない。けれど、少なくとも聖都に蔓延する類ではないと分かれば、特務監査室にとっての役割はほとんど無くなるのだ。
「エリック先輩にとって怖いものは、不可解なことなんですね」
「そうだね。理解できないのは無抵抗のままやられるって事だから」
だが、よりによってその不可解な物へ日常的に関わる仕事に就いてしまっている。それを如何に迅速に処理していくのか、それらを許容する自分への折り合いをどうつけるのか、これが特務監査室の人間にとって最も重要なスキルだとエリックは思っている。過去を必要以上に引き摺る事が特に危険であると経験則で理解しているのだ。そのためエリックは、過去の事件を振り返ることはあっても、後悔をぶり返すような事は意図して行わない。まさに非生産的な行動に他ならないからだ。
「私は結構分かりやすいから大丈夫ですよね? あ、でも、無抵抗な先輩かぁ」
「……同年代の女性はみんな不可解だよ、僕にとっては」
朗らかなマリオンに対し、陰鬱気味の口調で答えるエリック。それは如何にもエリックの女性経験の無さが滲み出た反応で、ウォレンは半ば呆れた表情で見ていた。