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「おう、エリック。俺らの仕事だぞ。ちょっと行ってみようぜ」
如何にも好奇心で一杯の表情を浮かべるウォレン。どの顔で仕事を語るのかと思いつつ、エリックは呆れの溜め息を混じらせながら答えた。
その日、仕事を終えた馴染みのバーで、ウォレンは一人の男に話し掛けた。男は明らかに酔うための無茶な飲み方をしており、ウォレンは初め気遣いのつもりで声をかけた。しかし男が話す荒れている理由を聞き、これから男の家へ向かう事になってしまった。
エリックとウォレンが行かなければならない理由。それは、男の家に亡くなった彼の妻が夜な夜な現れるという話を聞いたからだ。
「どうせ、何かの見間違いだと思いますよ? 死んだ人間が戻って来るなんて、絶対に有り得ない話なんですから。まあ、証明くらいなら、ちゃんとしてあげますけど」
「だそうだ。相棒もこの通り、やる気満々だ。安心していいぜ」
「本当に、あんたらが何とかしてくれるのか……?」
「大丈夫だって。俺らは専門家だ。それに、ちゃんと税金払ってるなら料金も取らないぜ」
軽い口調のウォレンに不安感を覚えたのか、男は一度マスターの方を見る。そして笑顔で頷くマスターで決心が固まったのか、男はグラスの残りを一気に飲み干すと、テーブルの上に会計を置いて立ち上がった。
「分かった。とにかく、何とかしてくれるなら頼むぜ。俺もこのまま何も出来ないでいるのは辛いから」
「よし、決まりだな。早速行こうぜ」
そして三人は連れ立ってバーを後にした。
男の名前はフィリップ。この近くのアパートに住み、仕事は郊外での木材加工の工房に勤めている。経歴等に不審な点は無く、受け答えに違和感は無かった。どこにでもいる、ごく普通の青年といった印象である。
フィリップの部屋へ入る。部屋は如何にも男の一人暮らしといった雑然とした様相で、あまり掃除や整理整頓がされていなかった。これについてもどこか生活の荒れが感じられる。
「妻がいなくなって、どうにも部屋が荒れ放題で。悪いね」
「一人で住むには少し広過ぎねえか?」
「そうなんだが、まだここから出て行く勇気がわかなくてな……」
フィリップはここに妻との生活の思い出があり、それに捕らわれているのだろう。しかし、その妻の亡霊に悩まされる結果に陥っている現状は皮肉である。
「妻は、フィリッパは、俺の幼なじみで。子供の頃からずっと一緒にいようね、なんて話して。それなのに、まさか俺より先に病気なんかで……」
「フィリッパ? なんか似たような名前で紛らわしいな」
「ああ。だから子供の頃は最初、そのせいで仲が悪かったんだ。いつの間にああ仲良くなったんだったけ……? ホント、大事なことはどんどん忘れていっちまうな……」
亡き妻に思いを馳せる口振りのフィリップ。エリックは何となくで相槌を返した。
これは妻を亡くした喪失感から来るストレス、それによる幻覚の類だろう、そうエリックは思った。自分が見ているものは幽霊ではなくただの幻覚である。それをはっきり自覚させなければならないだろう。このままでは自分が幽霊に襲われると思い込み、その思い込みがフィリップの命を縮める行動へ繋げる危険性がある。
柱の時計を見ると、既に時刻は午後十時を回っていた。外を出歩くには遅いが、一日を終えるには少し早い時間だ。幽霊の出る時間帯にはまだ少し早い。それまで何をどうすればいいのか。そんな事をエリックが考え始めた時だった。
「すまない……何だか気分が悪いんだ。今日は先に休ませて貰うよ」
弱々しげにフィリップがそう言い出した。そもそも彼は無理な酒の飲み方をしていたのである。体調を崩しても仕方ないだろう。
「おお、後はうちらに任せな。ちゃんと見張っててやるよ」
「本当に申し訳ありません。それでは」
力のない歩き方で寝室の方へと去っていくフィリップを見送る。その寝室もまた亡くなった妻の遺品などが、捨てるに捨てられずそのまま残っているのだろう。そんなやりきれない思いがエリックの胸中に込み上げて来る。
「それでどうするんですか? 幽霊釣りなんてしたこと無いですけど」
「幽霊が出るのを待つ。それが手っ取り早い方法だ」
「無策なんじゃないですか……」
特務監査室の仕事は、ウォレンの方がずっと先輩である。しかし、ウォレンは奇特な現象には慣れていてもその対応はほぼ取っ組み合いである。幽霊の対応方法などおそらく大して知らないのだろう。
リビングのソファーに腰掛け、ひとまずは言われた通りに幽霊が出るのを待つ。これで幽霊が出るものだろうか、そう疑問を抱くエリック。だがウォレンは平然とした様子で、手近にあった雑誌を取り読み始めた。考えても仕方ない、諦めたエリックは自分も同じようにひたすら待つ事にした。
それからしばらく経った時だった。
突然、キイと音を立ててリビングにある扉の一つが開く。それは寝室へ続く側の扉だった。同時に扉の方を振り向くエリックとウォレン。そして二人は、ほんの僅かな時間だがはっきりとそこから覗いたそれを見た。
「おい!」
声をあげるウォレンに頷き返すエリック。
二人が見たもの。それは女性の人影だった。顔は見えなかったが、着ていた寝間着は明らか女性用のものだった。
まさか本当に、亡くなった妻の幽霊が出たのだろうか?