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現象の調査という当初の目的を果たしたため、エリックとマリオンはその日の内に聖都へ戻る事にした。クロヴィスの事件については、聖都へ及ぶ程の緊急性は無い。しかし監視は必要であるため、そこから先は別の部署に引き継ぐ事になるだろう。特務監査室としての役目はほぼ終わりである。
クロヴィスの周辺で起きた一連の不審死について、母親がああいった様子であるため子細は代わりに村長へ説明し、クロヴィスへそれを伝えるのは村長の方の判断で構わないと頼んでいる。いくら大人びているとは言え、まだ幼い子供である。母親の事までを知らせるには、それを受け止めるだけの度量が無いからだ。
帰りの馬車の中。エリックは報告書の下書きをしていた。聖都に戻り次第引き継ぎ業務を進めなくてはいけないため、移動中の時間も無駄にはしないのだ。
「マリオン、ちょっと事件概要の草書を読み上げてくれるかな」
「はい、分かりました。対象者クロヴィスの周囲で起こった一連の連続不審死について、共通点と思われる事柄を特定するに至る。対象者クロヴィスについて、彼の所有する財産の奪取、人間関係の著しい破壊を行った場合、主犯及びその関係者は必ず不審死を遂げる。死因は不明なケースが多く、その場合は遺体の状況は非常に奇異なものとなる。本人は自分に危害を加えると、その人が死ぬと考えている。しかしそれに当てはまらない例外もある事に気がついている。年齢にそぐわない聡明さがあるため、将来的には自力で気がつく可能性もある。そのため情操教育は慎重に行う必要がある。……と、ここまでですね」
「ありがとう。引き継ぎの概要としてはこれくらいでいいかな」
「そうですねえ。でも、分かってる人じゃないと、何を報告しているんだろうってなっちゃいますね、この内容は。私も未だに何だかおかしな仕事してるなあって思うんです」
「確かにね。まあ、分かってる人が大勢居られても困ることではあるんだけれど」
そしてエリックは、マリオンの手伝いにより不審死事件をケースごとにまとめていく。
一番最初と思われる、村のガキ大将が死んだ事件。これはクロヴィスの帽子を奪った事が引き金だろう。
行商人の突然死は、いうまでもなくクロヴィスの小遣いを巻き上げたからである。
隣一家が無理心中をはかったような死体で見付かったのは、彼らが少しずつ庭を広げ、そのことでクロヴィスの父親と揉めていたからだ。彼らは庭を奪った、という事だろう。
そして、一番最新の被害者、ホーマーである。彼はクロヴィスの母親と自ら不倫関係となり、村から二人で出て行こうと企んでいた。これが、クロヴィスから母親を奪う行為だと見なされたのだろう。
ここで疑問に思うのが、一体誰が判定し殺人を実行したのか、という事だ。クロヴィスが本音の部分で加害者達を恨んでいるかはさておき、クロヴィスへ危害を加えたという事実をどのようにして知ったのか、殺人というリスクの極めて高い行動に何故出続けるのか、それが不可解な点だ。普通に考えて、リスクを承知で行動するのはクロヴィスの親族以外はあり得ない。特に怪しいのは、今は村にいないクロヴィスの父親だろうか。けれど、彼が出稼ぎへ出る前から不審死事件は起こっている。特に引っ越し当初の殺人など、越してきたばかりの人間ではまず無理だろう。母親にも同様の事が言える上に、ホーマーを殺す動機が無い。
では、本当に超常現象的な何かが起こっているのだろうか。不知の存在が人を殺すなど、エリックとしては有り得ない出来事としか思えない。けれど、そういった存在に当たりがちなのがこの特務監査室の仕事である。重要なのは事件の解明ではない。そう言った不可解な出来事を如何に世間へ知られず隔離するかだ。
「こうして改めてまとめて見ると、何か怖いですね。この事件って、要するにあのクロヴィス君はそれだけ日常的に周りから奪われてばかりいたって事じゃないですか。それについては誰も疑問を持たなかったんでしょうか? 私には、そっちの感覚の方が怖いです」
マリオンの言う通り、クロヴィスは頻繁に何かしらを村の人間から奪われていたという事になる。それはおそらく、クロヴィスが盗りやすい人柄だったから、というのが大半の理由を占めるだろう。だからと言って、誰も何の良心も咎めないのか。今でこそ、村中の人間がクロヴィスを畏怖しているが、もしもクロヴィスにこのような現象が起こらなければ、今も都合良く奪われていたのかも知れない。
「ねえ、先輩? 私はいつでもいいですよ。奪われるの、待ってますから」
「……しょうもない事言ってないで、ほら、今度はこの聞き取りメモの整理して」
「もう、本当に先輩って連れないんだから。そういう所が男らしくてカッコいいんだけど。でも私は、そんな頑固なお父さんを支える良いお母さんになりますから」
良い母親。自分が気安く口にしたその言葉の重みを、エリックは今一度噛み締める。
人は他人に対して善くあれと簡単に要求するが、その負担までは考える事が出来ない。自分の発言はまさに、思った事をそのまま口にする無責任なものだった。
けれど、あの不可解な状況に対して必要なのは、クロヴィスへの親の愛情しかない。クロヴィスは、大人達の大半からは警戒され、子供達からは完全に浮いてしまっている。過度な読書好きなのも、孤独感を紛らわすせいではないのかと思えてならない。もし彼が将来、世界中が自分から何かを奪う敵だと思うような大人になってしまったら。その時は特務監査室も絡んだ強硬手段が必要になるだろう。そんな事態は全く望んではいないのだ。
どうか、世界を恨まないで欲しい。エリックは、ただただそう祈るばかりだった。