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 村の図書館は、クロヴィスの自宅と学校の中間からやや外れた場所にあった。周囲は麦畑に囲まれ、その真ん中にぽつりと近代的なデザインの建物かあるのはいささか歪に見える。俄景気の頃に建てられたものだろうか、そんな事をエリックは思った。
 二人は図書館に入ると、まず司書に事情を説明しクロヴィスの事を知る人物を聞き出す。そして丁度、良く知るという一人の司書に話を聞く場を設けて貰った。
「クロヴィスは良くこちらへ来るのですか?」
「ええ。学校の帰りに、週に一度か二度、それ以外でも一度は来ますね。読書が好きな子で、もう蔵書の半分以上は読んだんじゃないかしら」
 クロヴィスの母親は学校の帰りに寄っている事は話していなかった。クロヴィスが言わないために知らないのだろう。
「クロヴィスはどういった子供でしょうか? 主観で結構ですので」
「その前に……これは、その、あの事について調べているんですよね?」
「御存知でしたか」
「村中の噂になってますから。知らない人はいないんじゃないですか。でも、私はそんな悪い子には思えないんですよ」
「どのような子なのですか?」
「まず前に借りた本を返却し、一人で本棚を漁って次の本を借りるんですけど。その前に、今はこういうのが読みたいとか、前の本はどうだったとか、そういうお話をするんです。まだ小さいのに、とても話上手で詳しいんですよ。だから時々私も、ついつい本の事で話し込んじゃって」
「話上手、ですか」
 母親の話では、クロヴィスは無口であまり自分の事を話したがらない性格だった。とても話上手といった印象は無い。親と会話を拒絶するにはまだ早いようにも思えるのだが。
「クロヴィスは本の扱いも丁寧で、返却日もきちんと守ります。たったそれくらいで、と思われるかも知れませんけれど、それが出来ない人は大勢いるんですよ。だから私は、クロヴィスは良い子だと確信しています」
「クロヴィスは図書館でトラブルに巻き込まれた事はありますか?」
「クロヴィスがですか? 私の知る限りでは無いと思います。ここはそもそも利用する人も少ないですし、来る人達はみんな面識がある人同士ですよ。あ、もしかして利用者で亡くなった方がいないかという話ですか? 多分それも無いと思います」
 ここではクロヴィスが何かトラブルに巻き込まれるような事は無かったのだろう。初めは虐めの標的にされ、今は気味悪がられる存在のクロヴィスにしてみると、唯一の憩いの場なのかも知れない。
 図書館を後にした二人は、今度はケルク村唯一の学校へと向かった。子供の生活の大半は学校に占められる。クロヴィスの様子を確認するには必要な聞き込み場所である。
 麦畑沿いの長閑な田舎道、エリックとマリオンは二人並んでそこを歩いていた。学校へはほぼ一歩道だと言うが、未だ校舎の影は見当たらない。そればかりか、他に道を行き交う人も無く、昼間だと言うのに風とそよぐ麦の音、そして時折みみずくの鳴き声ぐらいしか聞こえて来ない。聖都で生まれ育った二人にとっては、こういった田舎の風景はただただ新鮮さを感じるばかりである。
「エリック先輩、何だかおかしな感じですね。クロヴィスって子、まだ普通の子供のような印象しか今の所ないですけど」
 道中、マリオンがそんなことをエリックに訊ねて来た。そんな子供のために寄越されたのか、と怪訝に思っているのが表情にありありと浮かんでいる。
「連続不審死に直接関わっているかどうか、まだそこははっきりしていないよ」
「もし関わっていたとしたら、それってどうなんでしょう。たかだか八歳の子供が誰にもバレないように何人も殺したって、そんなの前代未聞ですし、有り得ない気がします」
「それが有り得たなら、事件を一つずつ検証していく事になるね。もっとも、その時は僕らの管轄では無くなるけれど」
 クロヴィスが犯人かどうかはあまり重要ではない。特務監査室にとって重要なのは手段の一点につきる。ただの連続殺人であれば、それは通常起こり得る事である。そうでなかった場合こそがいよいよ出番なのだ。
「一番辛いのはお母さんでしょうね。息子が村からそんな風に思われて、旦那さんも村の外へ出稼ぎへ行ってしまって。一人でこの状況に置かれているんですから」
「だからこそ真相を確かめないと。理解出来ない事でも理解しようとしないと何も分からないままだからね。うちはそんなことばかりの職場だけど」
「そうですね。私達が助けてあげなきゃ」
 クロヴィスについての情報は集まり推論も立て始めたが、それの確証を得るにはまだ情報が足りない。
 やはり、最終的には本人と直接接触する必要があるだろう。けれど、それは死と隣り合わせの危険な行為でもある。少しでも確実にするために、少しでも多くの手掛かりを。今はまだそれしか出来ないだろう。