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 店は急遽閉める事となり、マスターは客を帰した。既に警察へ連絡が行っており、遅からず店へやってくるためである。
 店内に居るのは、エリックとウォレンとマスター、そして医者の所へ担ぎ込まれた男の連れの者達である。その内の一人は、つい先ほどまで店の外で吐いていた男だ。
 ウォレンは彼らを相手に聴取を始める。ウォレンの肩書きなど知らない彼らだったが、今の出来事に相当ショックを受け反抗する気もなくなっているらしく、素直に応じていた。
「それで、喧嘩を売ってきたのは向こうが先だと?」
「ああ、そうだ。本当だ。俺達とは別に顔見知りでも何でもねえし、今日だって単に飲みに来ただけなんだ。それに、見ず知らずの奴に絡むほど酔っ払っちゃいねえ」
「あいつがそもそもおかしいんだ。いきなり俺らのテーブルまで来て、その筋肉は飾りか? すっとろいウスノロ共が、なんて言ってきてさ。そりゃ喧嘩を売られたって思うだろうよ。けど、俺らだってすぐに買った訳じゃねえし、最初は笑って流してたんだぜ。そしたらあいつ、まだほとんど飲んでねえビールをぶっかけてきやがって。後は知っての通りさ」
 彼らと揉めたあの青年は、彼らに絡まれたのではなく自分から喧嘩を売りに行ったようである。確かに最初に聞こえたのは男の怒鳴り声だった。喧嘩を売るのに最初から怒鳴ってくるような者はいない。
「それで、何をされたんだ? 殴られただけじゃ、ああはならないだろ」
「実は俺達も訳が分からねえんだ。こう殴りかかった所をサッとかわされてさ、頭を指でちょっと触っただけなんだ。これは間違いねえ。なんてわざわざ指で触ったんだって、その時に思ったのを憶えてるからな」
「指で頭を? それだけで?」
「ああ、本当にそれだけだって。指で殴るなんてありえねえし、それだけであんなもがき苦しみ出すし、何が何だかサッパリ分からねえよ」
 床で頭を抱えたままのたうち回っていた男、あれは確かに異様な姿だった。しかし頭を指で触れただけで、ああなるものなのだろうか。金鎚などの道具で殴ったというのならまだ分かるが、道具を使ったなら出血が一切無かったのは不自然だ。
 この不自然さは、いわゆる特務監査室向きのものなのだろうか。そう思慮を巡らせていると、店の中に二人の警官がのそのそとやってきた。
「通報を聞いたのだが。店主は誰だ?」
「アタシよ。それと彼らは重要参考人ってところね」
「そうか。じゃあ一通り聴取を……って、お前、ウォレンか?」
 警官の一人がウォレンを見るや親しそうな声で話し掛けて来た。するとウォレンも歩み寄り、二人は笑いながら拳を合わさ肩を叩き合った。
「おう、久し振り。そっちも相変わらずそうだな」
「まあな、酔っ払いの相手ばっかりしてるよ。それでも前線にいるよりは遥かにマシさ。そっちは? お前の後輩か?」
「ああ、後輩だが俺の上司だ。言葉遣いには気をつけてくれよ」
 妙な紹介をされたものだと、エリックは憮然とした表情のまま一礼する。
「ところで、医者の所に運ばれた男だが。ついさっき死んだぞ。直接確認して来た」
「マジか。死因は?」
「司法解剖はこれからだが、医者の話では全く訳が分からないそうだ。とにかく苦しみもがいて、薬も効きやしない。手の施しようもないまま、脳梗塞とも脳出血とも。まあとにかくそういう事だ」
 医者も知らない症例ということだろうか。となると、ますます未知の暗殺手段のような技術が使われた線が濃厚になってくる。
「そうか……とりあえずこの話は内密にな」
「分かってる。お前らのとこの縄張りだってんだろ? んじゃ、俺らは調書作るからお前は帰ってもいいぞ。何か分かったら直で持ってってやる。前に一回行ったあそこだろ?」
「執務室はあの場所のまんまだ。助かるぜ」
 そしてウォレン達は挨拶をしながら店を後にした。
「今の人はウォレンさんの友人ですか」
「まあ、何て言うか、戦友だな。最近偶然再会してよ。一緒に前線にいて、帰還するのも退役するのも一緒だった。今は警察に再就職したんだと。まあ、たまにああして仕事を手伝って貰いもするし」
「え? 手伝うって、まさかうちのこと知ってるんですか?」
「まあな。安心しろ、口はスゲー堅いやつだから」
 特務監査室の身分証明代わりのバッジは、警察相手にほとんど通じた事が無い。知っている者がいても面倒ごとの塊のように見られるだけで、単に首相直轄の組織だからと余計な詮索を遠ざける事にしか使い道はなかった。それだけに、仕事の内容を知っている上で協力してくれる人間がいる事にエリックは驚きを隠せなかった。ウォレンと気が合うということは、案外似た者同士なのかも知れない。