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 昼過ぎになり、エリックはゴールドと共に登庁した。そして執務室で室長に経緯を説明する。それから医者に紹介された町外れにあるペットも引き受ける火葬場へと向かった。人間と違って死亡証明書も必要がなく、すぐに火葬は受け付けられ、さほど時間もかからずに終わってしまった。火葬を終えたゴールドは驚くほど小さな厚紙の箱へ納められていた。その際にペット用の納骨堂についても勧められたが、エリックは断った。室長より、ゴールドの遺骨は特務監査室が管理する隔離倉庫へ収めるように言われていたからである。
 箱を大事に抱えながら、エリックは恐ろしく静かな心境で歩いていた。何もかもが突然の事で頭が追い付いていないこと、そしてまさか自分がこれほどのショックを受けている事に困惑していたのだ。これはゴールドの障害に気付いて適切な治療を受けさせてやれなかった罪悪感によるものなのだろうか。
 ふと視界の端にスピードくじの売店が入る。エリックは何かを思い立ち、ふらふらとそれに引き寄せられるとくじを五枚購入する。
「おお! すごい! お兄さん、強運の持ち主だね!」
 売り子にくじの結果を誉められ、ぼんやりと聞きながら頷き返し、金貨の袋を二つ受け取った。ゴールドに比べて遥かに重い。そんな事を思いながら、またふらふらと歩き始めた。くじの結果は訊いていなかったが、どうやらまた高額当選したらしい。だからこんな袋を渡されたのだ、まるで他人事のようにそう考える。そして、この出来事にエリックはあることに気がつき、喉の奥から振り絞るような声で呟く。
「何だ……お前、こうなっても変わらないのか。じゃあ、ますます隔離しないと駄目なんだな」
 エリックは箱の中へ視線を落とす。ゴールドの金運を引き寄せる奇異な力は、こうして死後も宿るようである。理屈は分からないが、とにかくそういうものだと受け入れるしかない。
 ゴールドを想うと、ゴールドの姿が次々と脳裏に蘇る。ゴールドはいつも構って欲しくてちょっかいを出して来た。ゴールドが来て以来、家の中のことが捗った覚えがない。それも当然なのだ、まだ遊びたい盛りの年頃なのだから。
 そう、ゴールドはただ甘えて遊びたかっただけなのだ。けれど自分はほとんど構わなかった。ゴールドは危険な能力を持つ観察対象だったから、それ以上の感情は持たなかったのだ。そしてそれは、これまでゴールドを飼ってきた人間達も大差無かっただろう。ゴールドは猫ではなく金の生る木でしかないのだから。誰も普通の猫として見なかったから、体の障害もずっと気付いて貰えなかったのだ。
「そうだよな、お前はただ遊びたいだけだったんだよな」
 猫なら当然のささやかな欲求。けれど、生まれながらにあんな能力があったせいでそれも満足に出来なかった。単なる猫に生まれついたなら、好きなだけ飼い主に遊んで貰えたはずなのに。せめて自分だけでも、もう少し遊んでやれたなら。たったそれだけのことを、どうしてやれなかったのか。
 これまでのゴールドに対しての行いを悔やんだ瞬間、エリックはがっくりとその場に膝をついた。そして箱を抱きながら通りの真ん中に居ることも構わず大きな嗚咽を漏らした。道行く人々は、そんなエリックへ不審な目を向けるが、誰も声をかけたりはしない。それがこの聖都での人と人との当たり前の距離感なのである。
 ふとエリックは、ゴールドは自分が気に入った人間に金運をもたらす、とルーシーが言っていた事を思い出す。またしてもスピードくじで不自然な当選をしたという事は、ゴールドは未だに自分の事を気に入ってくれているのだろう。その事実が、より一層エリックに呵責の念を抱かせた。
 ゴールドの一生はとても幸福なものとは思えない。ゴールドの周囲には常に争奪と諍いがあり、誰からも金蔓としか見て貰えなかった。そこから自分の手に渡り、ようやく抜け出せたはずだったのに。そして死後も普通のペットとして扱われず、危険な物として隔離される。死を悼む事は、生前に思い残した事がある人にとって必要な行為であり、今の自分にもゴールドを悼む事が必要だろう。けれど、一度隔離倉庫へ収められれば、そうすることもままならなくなる。だから尚更未練が膨れ上がっていく。
「どうして僕は、もっと遊んでやれなかったんだ……それくらい、簡単な事じゃないか……!」
 エリックはひたすら歯を食いしばりながら泣いた。自分の不甲斐なさとゴールドへの申し訳なさがいつまでも胸を締め付けた。なんて情けない、狭量な事を自分はしてしまったのか。その後悔が深く突き刺さる。
 もしも過去に戻ってやり直せたなら。そんな突拍子もない事まで頭を過った。