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仕事の帰り道。その通りは、朝から多くの露天商が軒を連ねる、賑やかで活気に溢れるがいささかいかがわしい場所だった。大半が移民で、売り物もセディアランド人向けのもあれば、彼らの母国の特産品も並んでいる。本当に正規のルートで持ち込まれた物なのか、という疑問は常々あるが、だからこそ眺めているだけでも興味を惹かれる場所でもあった。
その通りの終わり際、そこにひっそりと中年の女占い師が小さな店を出しているのが目に入った。セディアランド人は占いにさほど興味は無く、わざわざ金を払って見てもらう者は少ない。そのためエリックは、思わず物珍しさから好奇の視線を向けてしまった。すると、視線を察したのか占い師はエリックの方を向き、そして何やら意味深な表情を浮かべ手招きをした。
「そこのお兄さん、ちょっと話、聞いて行かないかい?」
面と向かって訊ねられ、退けなくなったエリックは仕方なく彼女の元へ歩み寄った。
「あの、別に占いには興味がある訳じゃ」
「なら大丈夫。アタシの占いはインチキだから。未来なんかこれっぽっちも見えやしないよ」
あっけらかんと答える占い師にエリックは困惑する。確かに、本当に未来が分かるのであれば少なくともこんな道端で怪しい商売などする必要はないのだ。
「自分でインチキって言うなら、尚更興味は無いんだけど」
「インチキなのは占いだけさ。ま、そこに座っとくれ」
占い師が占いはインチキと白状しておいて、一体何を話すと言うのか。ひとまずエリックは言われた通り、備え付けの古い椅子に座る。
「さて、お兄さん。呼び止めたのはね、お兄さんの身内に良くない影が見えたからさ」
「だったら直接本人に言ってよ」
「でも、セディアランド人はインチキ占い師の言うことなんか聞きやしないだろ? お兄さんから言って貰うのが一番効果的だと思ったのさ」
「僕もセディアランド人なんですけどね。それで、内容は何です?」
「実はね、アタシは普通は見えない物が見えるんだ。それは幽霊だったり精霊だったり、はたまた神の化身だったり。こんな話、セディアランド人からすると馬鹿馬鹿しいだろ? けど、本当なのさ。その証拠に、アタシの守護霊が警告をするのに完璧な人選をした。それがお兄さんさ。こうしてまずは話だけでも聞いてくれているだろう?」
セディアランド人は合理的で曖昧さを許さない性格である。そのため、存在自体が不正確な幽霊などを信じる者はきわめて少ない。まさにこの女占い師が言うものは、空想の世界にしかない存在だと誰もが口にするだろう。けれど、エリックは一般的なセディアランド人とはいささか事情が異なる。その曖昧な存在そのものを仕事として扱っているのだ。
「あんた、職場に年下の女性がいるね? それも学生の時からの知り合いだ」
「それくらい、誰でもいるでしょう」
「なら、詳しく言うよ。その子は今年になって配属された、それも突発的な事故がきっかけだ。剣術が得意なようだね。おっと、しかもお兄さんとその子から随分と好かれているじゃないか。そしてそして……ああ、どうやらその子は自分の方が少しばかり背が高いのを気にしているようだ」
次々と並べられる女性の特徴に、エリックは徐々に警戒心を増していった。女占い師が語っているのは明らかにマリオンの事であるからだ。赤の他人がそこまで正確に言えるのは、逆に初めから自分を何らかのターゲットとして綿密な調査をした上で声をかけたと思う方が妥当である。
「逆に、そこまで詳しく分かるなら、どうして名前を言わないんです?」
「守護霊は感覚で教えてくれるからね。名前のような言語は発音が難しいのさ」
そういう設定ならば、確かに筋は通る。けれど、それ以上に都合が良すぎるとも思う。しかし詐欺にしては随分と回りくどい。
「で、その子なんだがね。もしかすると、近々死ぬかも知れないよ」
「どういう事です?」
「見えるのさ。その子に死神の影が。命を奪わんとするかなり強い殺意まで孕んでね」
マリオンが近々死ぬ? それは、死神が命を狙っているから?
馬鹿馬鹿しい。エリックはそう思う。寿命の言い方を死神に変えただけとして、マリオンが余命幾ばくもないようにはとても見えないのだ。それともこれは、マリオンの命を狙うという脅迫だろうか。だが、初めからそれが目的なら、わざわざこんな怪しまれるような行動は取らないだろう。
「信じてないようだね? まあ、無理もないさ。そこでだ、この石を買ってっておくれ」
「何ですかこれ。随分と何というか…」
「大金は取らないさ。ただ、これを手に持っていると、アタシの言った死神、分かるようになるよ」
女占い師が差し出したのは、明らかに河原で拾ったような表面の滑らかな小さい石ころだった。こんなもので死神の存在などというものが本当に分かるのだろうか。エリックは驚きや不信感よりも、馬鹿馬鹿しさに呆れの気持ちの方が強くなってきた。
「それで、これは幾らなんです?」
「なあに、大した取りはしないよ。人助けのためだからね。今日の夕食代だけで十分さ」