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 エリックはマリオンと共に一号室から順に倉庫部屋の確認を行う事にした。廊下の最も正面口に近い部屋の右側が一号室にあたる。倉庫部屋は右左と交互に部屋番号が順に振られていて、一号室の向かい側は二号室となる。雨戸を確認するのに、二人で手分けした方が効率的だと尚更思ったが、この倉庫に漠然と嫌悪感を抱いて不安がっているマリオンに、突き放すような言葉をかけるのはどうしても気が引けてしまった。
 一号室の鍵を開け中へ入る。一号室の保管棚には、様々な人形やぬいぐるみが所狭しと並んでいた。聖都だけでなく、セディアランド内外から何かしらの理由で回収された曰く付きの物である。創設時より着々と増え続けたのだろう。
「ここって、曰く付きの人形とかの部屋なんですね。でも凄い数……」
「最も身近で人の念が込められやすい物だから、昔から人形やぬいぐるみの曰く付きの品は多いそうだよ。タグもついてないし、あまりに多いから一つ一つを厳密には管理してなさそうだね」
「これって、やっぱり危ない物なのでしょうか? 以前のオズボーンみたいな」
「流石にそれはないよ。ここに収められるのは、せいぜい人によって声が聞こえたとか少し動いたとか、それくらいの物さ。だから、気にしなければただの骨董品だよ」
「わ、分かりました……」
 マリオンはひしめく無数の人形やぬいぐるみの光景に、いささか圧倒されている様子だった。そしてそれら一つ一つに、科学的な解明が出来ない曰くが付いていると思うと、幾ら危険ではないとは言っても気が気でないだろう。特務監査室に関わる前ならただの不気味なものくらいにしか思わなかっただろうが、今は様々な異常現象を体験した経験があるため、どうしても警戒心が働いてしまうのだ。
 二人がそれぞれ雨戸を確認してみると、ここは特に異常が見られなかった。どうやら一号室では無かったようである。
「異常無し、と。じゃあ、次は二号室へ行くよ」
「はい。でも、エリック先輩は凄いですね。ここ、何も気にならないんですか?」
「僕はそもそもオカルト自体には懐疑的だからね。ここにある物だって、大半は思い込みとか気のせいだと思うし」
「特務監査室の人間は、幽霊の存在を信じなきゃいけないんじゃないんですか?」
「そんな決まりは無いよ。そもそも世の中のオカルトは、ほとんどか偽物やトリックだからね。この仕事のおかげで、むしろ確信したくらいさ。まあ、本当にそうとしか思えない事に出くわす事があるのも、この仕事のせいなんだけれど」
「じゃあ、偽物ばかりで仕事のモチベーションが上がらないんじゃないです?」
「そんな事は無いよ。この仕事で一番大事なのは、市民の心の平穏だよ。だから場合によっては、嘘を嘘と言わない事もある」
「心の平穏、ですか。やっぱり凄いなあ、エリック先輩は。本当に昔から自分の芯がしっかりしてて、考え方にもブレが無くて。私、多分最初にそういう所が好きになったのかも」
 熱を帯びた声で話すマリオン。しかしエリックは、これまでに何度も特務監査室の仕事で挫けている。マリオンが言うほど強固な意思など持っていないのだ。
 マリオンの唐突な恋愛話をかわしつつ、一号室を出て施錠する。丁度その直後だった。
「あの、すみません」
 廊下の奥側からこちらへ一人の青年が遠慮がちに駆け寄って来るのが目に入った。自分達が入ってきた裏口は施錠していないが、この倉庫にまさか一般人が入ってしまったのだろうか。
「失礼。ここは政府の管理物件です。あなたはどちら様でしょうか?」
「私、ここの管理を任されている者でして。もしかして、雨戸の件でしょうか?」
「ええ、そうですが」
「でしたら、その部屋にご案内しますよ。雨戸が壊れているのを見付けたのも私ですから」
 倉庫の管理人を名乗る青年。確かにこの倉庫には定期的な見回りを行う委託の管理人がいる。すると今回の件を報告したのも彼なのだろう。
「助かります。先程、十二号室の雨戸は確認したんですけど、壊れた形跡がどこにも無くて。もしかしたら何か取り違えがあったのかと思っていた所なんです」
「そうでしたか。いえ、実はこの建物には十二号室は二つあるんですよ。何でも、十三という数字に反応する彫刻があるとかで」
「へえ、そうなんですか……何処からその話を?」
「まあ、こういう仕事ですから。何度か見回ったりしていれば自然と。もちろん、見知った事は一切口外してませんよ。そういう契約ですから」
 管理を委託している以上、こういう事はあり得る話ではあるが。それでもエリックは知られている事が気懸かりだった。決して部外者に漏れてはならない機密情報が漏れてしまっているからだ。機密が形骸化しているのではないか。そんな危惧を覚える。
 最初に入った十二号室、その斜向かいにもう一つの十二号室はあった。順番としては丁度十三番目であり、斜向かいという事もあって最初は気付かなかったようである。
「ねえ、エリック先輩。十三という数字が使えないってどういう理由なんでしょう?」
「まあ、後で目録でも見て確かめよう。ここはそういう理不尽な物が当たり前にある所だから」
 十三という数字など、記号ぐらいの意味しかないのではないか。馬鹿馬鹿しいとは思いつつも、そんな事ばかりと遭遇するのが特務監査室の仕事である。深く考える事は後回しにし、エリックはもう一つの十二号室を解錠しようとする。
 その時だった。
「はーい、そこまで。エリック君、鍵はそのままよ」
 突然の制止の声に振り向くと、そこに立っていたのはルーシーだった。
「まったく、すーぐ人の言うこと真に受けるんだから。ほら、それ以上続ける気なら、これ、燃やすよ」
 そう言って突き付けてきたのは、古い装丁の施されたやや黄ばんだ紙だった。外国の絵画に見えるが、それには肝心の絵が描かれていない。