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 倉庫の勝手口へ回り込むと、エリックは施錠されていたドアを開ける。
「俺は一旦外から見回って一周して来るわ。雨戸が壊れてるって部屋に先に行っててくれ」
「分かりました。台風の後ですし、上から破片とか降ってくるかも知れませんから、気をつけて」
 ウォレンは資材を勝手口の中へ運び入れると、自分は壊れた雨戸の外側を確認しに向かって行った。台風に壊された部分は雨戸だけとは限らないため、その総点検も兼ねている。
 エリック達三人は早速目的の部屋へと向かう。雨戸が壊れているというのは、一階の十二号室と聞かされていた。一階には整理棚ばかりが並ぶ部屋が二十室あり、それぞれ種類毎に押収した曰く付きが納められている。エリックは倉庫へ来る事は初めてではなかったが、入った事のある部屋は別の二室くらいである。そのため、幾分か緊張感がエリックにはあった。
「そういえば、今日のマリオンってサーベル持ってきたの?」
 歩きながらルーシーがマリオンに訊ねる。マリオンの腰には黒い鞘のサーベルが携えられていた。
「はい。何て言うか、こういう得体の知れない所に来るのに、これが無いと不安になっちゃって」
「警官時代の癖ってやつ? ま、役に立つかは微妙だけどねー」
「私って本当に臆病な性格なんです。でも、これがあると安心するんですよ」
 サーベルの着帯が許可されるのは、あくまで警察庁の管轄での話ではないのか。そもそもサーベル自体が警察庁の備品のはず。そんな事をエリックは思ったが、自分もまた倉庫での作業には幾らかの不安感があり、いざという時も考え敢えて気付かない振りをする。
 一階の構造は非常に単純で、中央を南北に走る太い廊下と、その左右にそれぞれ倉庫部屋が十室ずつ配置されている。表側は正門、そして奥には二階に続く階段がある。二階に行った事は無いが、好奇心でも上がってみたいとは思わない。
 各倉庫部屋のドアには部屋番号が刻印されている。その番号を確認しながら目的の十二号室を見付けると、ドアの鍵を解き開ける。
「ねえ、先輩。雨戸が壊れたのって、この十二号室なんですよね? ラヴィニア室長は、どうしてここだって分かったんです?」
「こういう建物には管理人みたいな人が居て、定期的に見回ってるんだ。ただ、その人は倉庫が何なのかは教えてないから知らないそうだ」
 特務監査室の人員は現時点で五人だが、間接的に関わっている人間は幾らか居る。彼らは官吏であったり、委託した民間人であったり様々だ。彼らには当然特務監査室の本業について知らされてはおらず、ごく当たり前の平凡な仕事をしていると思わされている。
 十二号室へ入ると、まずは備え付けのランタンに灯をともして行き室内の明かりを確保する。すると四列に渡って棚の並ぶ室内の様子がぼんやりと見えるようになった。
「うわ……これ、何ですか?」
 マリオンが露骨に顔をしかめて嫌そうな声を漏らす。エリックの表情も似たようなものだった。
「ここは曰く付きの絵画の部屋かなー。おお、やっぱり幽霊画が多いねえ」
 棚に並ぶ絵を興味深そうに眺めるルーシー。彼女の言う通り、棚にある絵のほとんどは如何にも不気味な雰囲気を漂わせた人物画がほとんどだった。線のタッチや色合いは独特で、セディアランドでは見られない作品ばかりである。
「幽霊画って……見えないのが幽霊じゃないんですか?」
「見える人が描いたんじゃないの? シャルダーカ国じゃ割と一般的なモチーフよ」
「文化の違いですか……。キャッ!? なにこれ! 生首の絵!?」
「あ、それ凄いやつよ。斬首された罪人の、本物の生首を見ながらその血で描いたんだって。夜になると恨み言を話すらしいよー」
「気持ち悪い! 血とか衛生的に大丈夫なんですか!? もう、早く終わらせて帰りましょうよ先輩!」
 マリオンが嫌悪感を露わにそう訴える。マリオンは幽霊がどうこうと言うよりも、あまりに無数に飾られた不気味な絵から込み上げて来る嫌悪感に参っているような様子だった。そしてエリックもまた似たような心境である。これらの絵が夜になって話そうが抜け出そうが、そんな与太話に興味は無いが、視覚的にくる嫌悪感は本物である。こんな部屋にはとても長居はしたくはない。
「とにかく、早く仕事を終わらせましょう。まず壊れた雨戸を確認して、それから必要そうな資材も運んで。それとウォレンさんにも見てもらわないと。僕らじゃ直し方は良く分からないですから」
 エリックは不気味な絵画達からは視線を切り、部屋の奥の雨戸を確認し始める。マリオンもそれに続くが、ルーシーは未だのんびりと絵画達を鑑賞する。
 ルーシーを無視し雨戸を確認していく二人。しかし、
「あれ……? ねえ、エリック先輩。そっちの雨戸、壊れてます?」
「いや、こっちは壊れてないね」
 一通りの雨戸を確認したが、破損している箇所は見受けられなかった。確かにラヴィニア室長からは壊れている部屋は十二号室と聞かされていたし、この部屋も間違い無く十二号室である。そもそもの報告が間違っていたのだろうか。
「部屋が違うのかも知れないな。他の部屋を確認しよう」
「そうですね。一緒に探しましょう」
 手分けした方が早いが、それを言い難い雰囲気がこの場所にはある。