BACK

 ハイラムが突然訪ねて来たのは、あれから数日が経過した昼下がりの事だった。息巻いた様子で現れたハイラムは、先日とは打って変わって非常に堂々とした力強い立ち居振る舞いを見せていた。
「突然申し訳ありません。是非室長へ一言御礼を述べにと参ったのですが」
「あいにく本日は終日不在でして。それで、その後はどうでしょうか?」
「はい、おかげさまで。ようやくオズボーンが交渉に応じてくれたんです」
「え?」
 ハイラムの口から出た予想外の言葉に、エリックのみならず他の三人までもが顔を見合わせ驚きを露わにする。
「交渉とは、その、どういうことでしょう?」
「一番の問題は、相手と意志の疎通が取れるかどうか、なんですよ。意志の疎通が取れるなら、後は交渉あるのみです。交渉なら仕事柄得意分野なので」
「そんな、交渉って応じて貰えるものなんでしょうか?」
「オズボーンは、ステフの言うことなら良くも悪くも聞いてくれると教えてくれたではありませんか。それで、ステフを介して会話出来ないか試みたらうまくいったんですよ」
 確かにそれは理に適っている。しかし、思い付いたからと言ってまさか呪いの塊のような存在に対して実践するとは。それとも、単に自分が呪いというものに過剰に恐れを抱き過ぎているのだろうか。
「何とか摺り合わせはうまく行きましたよ。我々にとってもステフが大事な存在であること、健全な成長のため時にはステフの意に反する事もせざるを得ないこと、勝手に屋敷の物を動かすと困ること。それらを理解してくれて、譲歩して貰いました。その見返りに、彼を息子同然に扱いますが」
「息子って、あのオズボーンをですか?」
「そうです。まあ、法的にどうこうというものではないですけど」
「それで、皆さんも納得していただいているのですか? 屋敷の方々や、それに奥様も」
「もちろん。理屈が分かればどうという事はないですからね。妻もあれから見る見る怪我が回復していますし、大丈夫でしょう。あれから屋敷の中ではおかしな事も起きませんし、逆に失せ物が不意に出て来たりするぐらいでみんな助かってますよ。まあステフは相変わらずお話はしてますけど、人前ではしないようになりました」
 皆が納得しているのであれば、これ以上こちらからも口を挟む事は無い。特務監査室の目的は、あくまで非科学的な現象の拡散を抑える事なのだ。納得している相手の元に更に首を突っ込むのは、むしろ逆の行為である。しかし、こんな理解不能な危険な存在に対して共存を選択し上手くいった例はかつてあっただろうか。
「それでは、私はこれで。ラヴィニア室長にどうぞよろしく」
 最後にそう言い残し、ハイラムは執務室を後にした。
「ほーんと、生粋のセディアランド人って訳わかんなーい。あんなのと仲良くするとか、どんな神経してるのかしら。これも合理主義ってやつ?」
 ハイラムが居なくなるや否や、ルーシーはソファで寝転がりながら悪態を付く。
「要するに、怖いのはあくまで理解出来ないものであって、意志の疎通が成立するような存在は理解が出来るから恐れる必要のない存在、という事でしょうか」
「だからってねえ。人を呪い殺すために作られた縫いぐるみよ?」
 すると今度はウォレンが反論してくる。
「かと言って、オズボーンが好きで呪ってるとは限んねえだろ。今まで嫌々やってたか、他に何も出来ないからとか、色々理由だってあんだろが」
「へー、縫いぐるみ鑑定士様のお言葉は違いますねえ。先輩、ちょっくら耳でも引っ張りに行って呪われるかどうか試してきて下さいよ」
「ふざけんな。死んだらどうする」
 そんなやり取りをする中、今度はマリオンが持論を展開し始める。
「私、なんとなく分かります。多分オズボーンはずっと都合の良い道具みたく扱われてたんだと思います。それで用が無くなったから捨てられてしまって、ステファニーの元に回って来るまでずっと孤独だったんでしょう。自分をただ大事にしてくれるからそれが嬉しくて、あの子のためになることをしようとしてるんじゃないかと思います。した事の良し悪しは別ですけど」
「もしその通りなら、今後オズボーンは悪い事はしなくなるってことなのかな。それこそハイラムさんの息子のようになって」
「ハイラムさんがそう教えたりするのではないでしょうか。オズボーンが善悪に見境が無ければ、巡り巡ってステファニーが不幸になるんですし」
 人が善悪を教え説く事で、悪い物が良い物に裏返るという事だろうか。もしくは、今まさにその最中か。
 オズボーンが呪いを振りまくのを止めて、人間にとって本当に良い存在になるというのであれば、それに越したことはない。度を過ぎなければ、特務監査室の出番もなくなるだろう。
「まあ俺に言わせれば、本当に悪いのはオズボーンを作ったやつだな。縫いぐるみってのは人に寄り添うために作るのであって、そこから外れるような事をしちゃいけないんだよ。今回はその悪意から生まれた呪いに対して人間の理知が勝った、実に良い終わりじゃねーか」
「うわ、なんか語り出した! 先輩、それっぽいこと言って同意を求めるの止めてくれません?」
「てめーこそマジで本格的に呪われろ」