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 迷子になっていた男の子を無事送り届けると、エリックとマリオンは一旦執務室へと向かった。現場を調べているウォレンとルーシーが終わり次第戻って来る事になっているので、そこで一旦状況の整理を行うためである。
「それにしても助かったよ。マリオンが泣いてる子供の扱い方を知ってて」
「一応、警察官でしたから。そういう事も習うんですよ」
「なるほど。現場に出るなら必要な技能か」
「フフッ、先輩でも苦手なことってあるんですね」
「僕は得意な事の方が少ないよ」
 そう謙遜するものの、マリオンはあまり真に受けない。彼女の中で自分はどれだけ超人に美化されているのかと、エリックは内心溜め息をついた。
「でも、何だか変な事件ですね。あの男の子、本当にあそこへ来た経緯が分かってなかったみたいですし」
「あの建物にしたって、屋上には鍵を掛けてたって言うし。普通は入る事が出来ない状況なんだ。それなのに、まるで空でも飛んで来たのかって状況だ」
 子供が空を飛んで見知らぬ建物の屋上へ降り立つ。それも時には集団で。有り得ない事である。科学的に可能とする手段が存在しない。しかし、子供達があそこへ集められたという事実だけは存在する。つまりは、超自然的な現象を疑う他無いのだ。
 執務室へ戻って来ると、既にウォレンとルーシーは帰って来ていて、調査のメモの内容を黒板に描いていた。さほど調査時間も無かったはずだが、随分と細かく調べていたようである。
「お、戻ったか。親御さんどうだった? 難癖つけられてねえか?」
「大丈夫ですよ。迷子で通しましたから。それに、何から何まで説明なんかしたら不審がられるだけですから」
「ま、それもそうか。こっちはまあボチボチだ。おい、ルーシー。揃ったから説明だ」
「はいはい。どうせ先輩には無理ですからねー」
 黒板の前に並ぶ三人を前に、ルーシーは早速調査の結果を説明し始めた。
「聖都南区三号館は築年数は四十二年、丁度南区の再開発が進んだ頃に建てられたものです。戸数は三十八、いずれも家族向きの間取りですね。建築途中で設計の不備が見つかって作業が一年以上止まっていた記録があるけど、特に事故とかではないみたい。ま、建築ラッシュの真っ最中だったし、ただの凡ミスってとこかなー」
 黒板に描かれた建物の簡易的な見取り図は、さほど特筆すべき点は見当たらないごくごく有りがちなものだった。建物の名前からしておそらく、他にも同様の設計で建てられた住宅がある事だろう。
「現在の入居者は三世帯。いずれも子供が独立した老夫婦ですねー。一応話を聞いてみたけど、みんな取り壊しの事は知ってるし、もう次の住む場所も当てがあるみたい。で、迷子多発事件の事は知ってるけど、それだけって感じですねー。まあ、管理人が屋上には行けないように鍵を掛けてたって言ってたし、わざわざ上がる理由も無いんでしょう」
「となると、ますますただの集合住宅ってだけのようですね。迷子とは何も接点が無いような」
「ま、あながちそうとも言い切れないのよー。あの管理人から、ちょっと気になる事を聞き取ったの」
「え、何だよそれ?」
 真っ先に驚いたのはウォレンだった。今の報告は初耳だったようである。
「先輩が壁と睨めっこしてる間に、ちゃんと私はそういう聞き込みをしていたんです。で、その内容だけど。屋上を立ち入り禁止にした経緯、これ去年に実は屋上で子供の転落事故があったのがきっかけだったのよ」
「転落事故ですか? じゃあその子供は」
「残念ながらね。あの通り共用部分は誰でも入れるでしょ? だから子供達がどこから聞きつけて、屋上に勝手に上がって遊んでたらしいの。で、その中の一人がたまたま老朽化した柵にのし掛かって、って感じ。一応子供だけでの立ち入りは禁止する貼り紙はあったけど、それだけじゃねえ」
 子供は一つの場所で遊ぶものだが、たまに好奇心が勝って普段とは違う所に入り込む。それが子供があまり入り込まないような場所ならばより魅力的に見えるのだろう。この好奇心が悪い方へたまたま作用してしまったのだ。
「それで過去の迷子事件を確認してみたんだけど、丁度その事故の後からなのよねー。つまり、屋上への立ち入りを禁止した途端に迷子事件が頻繁し始めた。入居者にも確認はしたの。迷子事件が起こるようになったのは今年からだって」
「なんだそれ。立ち入り禁止になっても遊びたくなる場所なのかよ」
「そうじゃなくて、迷子が不自然に増えるきっかけが屋上の封鎖だったんじゃないかって事です」
「でも、屋上の封鎖と迷子、直接何か関係があるんですか?」
 マリオンがそんな素朴な疑問を呈する。そう、それが一番の問題だ。子供が来なくなったから、屋上に不自然な迷子が増え始めた。その因果関係を証明しなくてはいけないのだ。
「検証してみる必要がありそうですね」
 そんなエリックの提案に三人が訝しげな表情をする。
「検証ってどんなよ?」
「記録を見ると、少なくとも週に一度は迷子が出てますよね? だったら、初めから子供を配置してみるんですよ」