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 午後三時を回った頃、四人は早速南区にある件の集合住宅へと向かった。この一帯は他にも多くの集合住宅があり、いわゆるベッドタウン的な役割を担っている。まだ終業には早い時間のため大人の姿はほとんど見掛けなかったが、小学生くらいの児童はそこかしこにいる。学校から解放され、辺り構わずはしゃぎ回っては嬌声をあげている姿は、かつては自分もああだったと懐かしさを覚えさせた。
「しかし、こうジャリ供ばっかりだと、どれが迷子かなんて分かんねーな」
「って言うより、その集合住宅以外にも普通に迷子なんかいそう」
「ん? だったら、別に迷子が多くてもおかしくねーんじゃねえの? 子供が多いから迷子が多くなってるだけだろ」
「おー、流石先輩。そこに気付きましたか」
 ウォレンの素朴な疑問と、それを茶化すルーシー。しかしエリックもウォレンの言う事はもっともだと思っていた。迷子が多いのは単純にこの一帯に住む子供が多いから。別の地区の子供にしても、こう子供が多ければ何かしら交友関係はあるだろうし、それが一度に集まってくれば道に迷い迷子になる事など起こっても全く不自然ではないのだ。
 しかしそれでも、資料には不自然な迷子とかかれている。聖都南区三号館。何のひねりもなければ古臭いだけのその住居名、この集合住宅に限り不自然なほど迷子が集まってくるのだと言う。
「ねえ、エリック先輩。これ、本当に本当なんでしょうか?」
 これが初の現場仕事となるマリオンは、どこか訝しそうにエリックに訊ねる。
「資料が作られた経緯は、少なくとも本当なんじゃないかな。それよりも、大事なのは真相だよ。出鱈目なら出鱈目で、その根拠を突き止めるのが僕らの仕事さ」
「なんかそれって、ゴシップ誌の記者の取材みたい」
「そうよー。うちって、実際ゴシップ記事みたいなネタも確認することあるからねー。たまにマジモンが混じってるの」
 そう安穏と答えるルーシー。思い返せば、彼女はいつもそのゴシップ誌を執務室で読んでいる。けれどマリオンは半信半疑の表情のままだった。おそらく娯楽としても低俗な部類と思っているに違いない。
「今まで、何か本当だった記事ってありました?」
「あるよー。船の幽霊とか、死んでも蘇る教祖とか。あと、御者や乗客の事故死が続く不幸の馬車馬とかも」
「うーん……やっぱりここってそういうもんなんですね」
 大人四人が並んで歩く様は目立つ時間帯なのだろうか、行く先々で子供達に奇異の視線を送られては指を差され、それでも平然と気付かぬ振りをしながら目的地へと向かう。今回の目的である聖都南区三号館は、この何の変哲もない住宅街の一画に、様々な集合住宅の中に混ざるように建っていた。その佇まいといいあまりに平凡で、そうと事前に知らされていなければ目も留めないような建物である。
「ここですね。築四十年、総戸数三十八、三階建て、間違い無く聖都南区三号館です」
 資料と照らし合わせながら建物を確認するエリック。
 いざ目の当たりにした聖都南区三号館は、やはり見ただけでは特にピンと来るもののない平凡な集合住宅である。正門を潜れば小さな中庭があるものの、手入れはされていないらしく雑草が伸びるままに伸びている。その先には共用部分の廊下と階段があり、特に管理人が常駐するようなスペースは無くそのまま誰でも中へ入れるようになっている。集合ポストには雑多にチラシが突っ込まれ溢れているのも、おそらく掃除をするような管理人がいないためだろう。
「寂れた感じはしますけど……ここで迷子が多発するって事ですよね?」
「ま、何かあるような感じはしないけど、話が事実なら不自然なのは確かよねー」
 そのルーシーの言葉にマリオンは小首を傾げる。
「どうしてですか?」
「ここの立地、別に特別何かある感じじゃないでしょ? 通り沿いにある沢山の集合住宅の中の一つにしか過ぎない訳。それなのに、ここだけ特に接点のない迷子達が出る訳だもん。何かしら意図的な集め方でもないと、そんな事って有り得ないでしょう? 迷子が偶然流れ着くだけなら、近隣の集合住宅にだって行く可能性はあるんだし。それにこの建物」
 ルーシーは聖都南区三号館の左端を指差し、それを他の三人がじっと見る。そしてルーシーの指が右へとゆっくりスライドし、右端で止まるまで三人がそれを追っていった。
「建物もごく普通でしょ? いや、むしろ年期入ってるのにろくに手入れされてない辺り、子供達には不気味に見えるかもね。そんな所に、わざわざ迷子が来ると思う?」
「確かに! そうですよね、これ。夕方近くになって薄暗くなったらここ、結構不審な雰囲気になりそう」
「という事は。報告が正しい限り、ここには何らかの要因があるってことなのよ」
 ルーシーの分析を聞くエリックは、確かに納得のいく推論だと頷いた。全て偶然で片付けるには、あまりに不自然な状況なのである。
 すると、
「ま、それはいいんだけどよ。とりあえず、どこから手をつける? 迷子がいるかどうか、片っ端から部屋訪ねてみるか? 四人なら一人十部屋ってとこだし」
「それが妥当でしょう。こちらは現地の細かい事情とか知らない訳ですし」
「そうですね。あ、聞き込みなら私得意ですよ! 色々とやり方を教わって実践してきましたから。でも、手っ取り早いのは今実際に迷子が現れてくれることなんですけど」
「そう都合良くいかないものだよ。さあ、では早速みんなで手分けをして―――」
 エリックが仕切始めた頃だった。
 その音に、四人は一斉に建物の屋上へ視線を向ける。だが声の主は奥の方にいるためか、ここから肝心の姿が見えない。
「おい、今、聞こえたよな? あれ、ガキの泣き声じゃあなかったか!?」
「僕も聞きましたよ。とにかく、屋上へ行ってみましょう!」
 四人はエリックを先頭に建物の中へ入っていった。