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マリオンは基本的に職務には生真面目で、公私も切り分ける分別があり冷静な判断力も備えている。いささか常識に捕らわれ過ぎる部分もあるが、それは典型的なセディアランド人の特徴であるため、さほど珍しくもない。本当にどこにでも居る、極普通の女性だ。
エリックがそんな彼女を苦手としているのは、マリオンの切り替えの唐突さだ。真面目な話をしていたのに、どこかで突然と恋愛話になり迫ってくる。その独特の切り替えのテンポにはついていけないと常々思うのだ。
とは言え、仕事への姿勢は非常に真面目で覚えも早い。教育係として特務監査室の基本的な業務を机上で教えるが、程なく教えられる事も無くなってしまった。そうなると、マリオンの注意はウォレンとルーシーへ向かう。それも特に、日中の二人が全く業務と関係ない事をしているその勤務態度についてだ。
「ねえ、エリック先輩。あの二人って、いつもああなんですか?」
「まあね。いや、まだマシかなあ最近は」
ルーシーはともかく、ウォレンは無断欠勤やら賭事やら特に酷い時期があった。今の日々何かの資格勉強に没頭する姿など、当時に比べたら遥かに可愛いものである。
「それと、特務監査室の担当する業務というのは分かりましたけど……これ、本当に本当なんですよね? 冗談とかではなくて」
「そうだね。残念ながら、きちんと正式に税金を注がれて、そういった出来事に対処している部署だよ。それも首相直属の」
「なんか信じがたいというか……いえ、エリック先輩の事を疑ってる訳じゃないんですけどね。ただ、あまりに突拍子もないと言うか」
マリオンが手にしているのは、去年の業務についてのレポートである。その大半はエリックがまとめたものであり、記載者としてエリックのサインが記され、その隣にはラヴィニア室長の承認のサインもある。それでもマリオンは、レポートの内容については半信半疑らしい。
「まあ、僕も最初はそうだったよ。すぐに慣れる」
「でも、幽霊とかって本当に居るんです?」
「幽霊の実在するかどうかは問題じゃないよ。大事なのは、そこで起こった事が国民の脅威になるかどうか。幽霊にしたって、そういう事件をでっち上げて犯罪を働く輩だっているんだから。そこらへんの曖昧になった部分を明白にして取り締まる事が大事なんだ」
「流石はエリック先輩。明確で分かりやすくて頼りになるなあ」
うっとりした眼差しと熱を帯びた声。それがわざとなのか本気なのかは分からないが、こういう所からきっと自分達の温度差は生まれるのだろうとエリックは思った。
午後になり、外出先から室長が戻ってくる。手には数枚の書類を携えていた。特務監査室での仕事の長いエリックは、室長がおもむろに持ち帰って来るその紙束だけですぐにピンと来る。
「室長、事件でしょうか?」
「まだ何とも言えないわ。ただ、まずは調査が必要な案件ね」
その言葉にウォレンとルーシーも作業を止めて集まって来る。普段だらけている二人も、仕事の時だけは真面目になるのだ。
「まずはこれを見て欲しいのだけど」
室長が皆に配る書類へ目を通す。それは、南区にある何の変哲もない集合住宅についてだった。
「古い集合住宅のようですけど。何か出たんですか?」
「出るというより、迷子よ」
「迷子?」
「そう。この集合住宅で迷子が何人も保護されているのよ」
迷子は迷子で問題ではあるが、それは警察庁の管轄である。きちんと保護されているなら大丈夫なのではないだろうか。エリックはそう思いながら話の続きを聞く。
「問題なのは、数とその頻度なの。週に平均して十名、多い時では一日に二十七名が保護された記録もあるわ。幾ら何でもこれは不自然よね」
すると、マリオンが疑問をありありと浮かべた顔で質問をしてきた。
「それは単に、友達同士でそこに集まっていただけではないんですか? 規定の帰宅時刻を過ぎても外で遊び続けていれば、巡回している警察官が保護という形で帰宅させますし」
「ええ、普通はそうね。けど迷子として保護された子供達は、お互いの面識は無かったの。住んでいる区が違っているから。それに子供達も、どうしてここにやってきたのか自分でも良く分かっていないみたいなの」
「迷子だから分からないのは当然ですし、別段問題があるような気はしませんけど……」
「無ければ無いでいいのよ。ただ、本当に問題が無いのかを調査して明確にしておくことが大事なの。もしこれが今後の事件の布石になっていたら大変でしょう?」
「確かにそうですけれど」
マリオンは完全には納得しきれていない様子である。迷子が原因で何が不都合があるのか、わざわざそんな事を調査する必要はあるのか、そう言いたげな顔である。上からの命令に無条件で従わないタイプの中間管理職だとエリックは思った。
全て偶発的な出来事であり、超自然的な要因などあるはずがない。大半のセディアランド人は当然そう考える。かつてここに配属されたばかりの頃の自分も、今のマリオンのように物事の否定から入っていた。今のマリオンの様子から当時の事を思い出し、エリックは何だか気恥ずかしい心境に陥った。