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「んで、今回は妖刀だって? どんなやつだっけ」
静まり返った無人の廊下を歩く三人、その最中にウォレンがおもむろに訊ねる。
「ちょっとー、馬車の中でちゃんと資料読んだじゃない。もう忘れたの?」
「俺は一晩経たないと憶えられないんだよ」
「製造及び販路は不明、まあこれらは僕らの業務外として。剣の名前は『五月雨』。手にした者は自制心が利かなくなり、手当たり次第に斬ってみたくなる症状に見舞われる。触った者皆がそうなる訳ではなく、相性があると考えられる。こんな所でしたね」
「ほら。オカルト嫌いのエリック君でもちゃんと憶えてるのになー。ま、先輩は力仕事専門だし仕方ないか」
「ケッ、そうですよーだ。んで、相性があるって話だが、念のため素手で触らない方がいいよな?」
「持った上で、刀身を見るのがスイッチになるのが大体のセオリーです。まずは鞘に納める事を優先しましょう。現場に鞘があれば真っ先に回収です」
「了解。ま、いつも通りの段取りだな」
即席の作戦会議も終えた頃、不意に廊下の先から幾つもの怒号が飛び交っているのが聞こえて来た。それはやがて悲鳴が混じり、何かが倒れるような騒音も続き始める。
「おっと、あっちか」
「この様子だと、突入部隊とかち合っちゃってますねー。残念ですが、あなたは前科一犯です」
「ふざけてないで急ぎますよ!」
三人は声のした方へと急ぎ駆ける。そして飛び込んだのは資料室と如何にも偽装の札を掲げたコレクションルームだった。
部屋の中には、既に交戦し負傷した隊員の姿があった。いずれも意識はあるものの傷は浅くなく、そこら中に血溜まりが出来ている。
「君達、まだ避難していなかったのか!? ここは危険だ!」
隊員の一人が突然飛び込んで来た三人に向かって声を上げる。彼もまた左腕を押さえ、そこからどくどくと新鮮な血が流れ出している。傷はおそらく骨まで達しているだろう。
「特務監査室です、と言っても分からないと思いますが。要は首相直属の組織で、この場を任されています」
「特務監査室……? 首相直属って、ここは警察庁の仕切りのはずだぞ!」
「公式にはそういう事になります」
エリックはそれ以上は語らず、まずは現場を確認する。
部屋の中央には、若く長身の青年の姿があった。彼の視点はどこへ向けられているのか曖昧で、髪を振り乱し、興奮で肩で息をしている。右手には無造作に一振りの曲刀が握られている。おそらくそれでこれまで何人も斬ったのだろうが、不思議な事に刀身には一滴の血もついていない。あれが今回のターゲットに違いないだろう。
「抵抗は止めなさい! すぐに応援が来ます! あなたに逃げ場はありませんよ! これ以上の抵抗は、自分の首を締めるだけです!」
青年に対峙するのは、防刃装備にサーベルを構えた女性だった。彼女も他の隊員と同じ装備だが、右腕に腕章をつけている。どうやら彼女がこの突入部隊の隊長のようである。
既に部隊が甚大な被害を受けた事と、未だ犯人には有効な攻撃が出来ていないのだろう。彼女の表情は険しく、焦りと疲労が入り混じった苦々しいものだった。
「おーい、そこの婦警さんよ。ここはもう俺らに任せなって」
そんな彼女に、ウォレンは呑気な口調で話し掛ける。するとすぐさま驚きで目を見開いた。
「どうして民間人が!? って……え? もしかして、ええっ!?」
予想外の乱入者達に驚いたのか、彼女は余所見をしたまま動きを止めてしまった。直後、妖刀を持った青年はすかさずその隙を逃さずに彼女へ踏み込む。
「危ない!」
エリックは咄嗟に近くにあった花瓶を掴むと、それを青年へと投げつける。飛んでくる花瓶に気付いた青年はじろりと宙の花瓶を睨みつけると、
「シャァッ!」
花瓶を空中で真っ二つに斬り捨てしまった。
その直後だった。
「ハアッ!」
花瓶の音で我に返った婦警は素早く青年の傍まで踏み込むと、無防備になっていた青年の脇の下付近へ力強くサーベルの柄頭を叩き込んだ。人間の急所の一つで、恐らく肋骨が折れるほどの勢いでぶつけたのだろう、青年は肺の空気を一気に吐き出し、そのまま白目をむいて倒れ込んだ。
「ふー、何とかなりましたか。おっと、いけないいけない。武器を確保するまでは油断しない」
婦警は安堵の溜め息をついてサーベルを納めると、青年の手からこぼれた妖刀へ手を伸ばす。
「待った! それに触るな! まだ鞘を見つけていない!」
彼女は、この刀についての非科学的な事情を知らない。だからこそ、証拠物の確保のために手を伸ばす。エリックはすかさず制止の声を上げるが、それは一歩遅かった。
「ウウッ……」
婦警は一瞬全身をびくりと大きく痙攣させる。右手に妖刀を持ち構えると、左手で無造作に身に付けた防刃服を剥がして捨てる。そして右手の刀の感触を確かめるように一振り。それは空気を切り裂くような鋭い音と、それを聞いた者の首筋にねっとりと纏わりつくような生温い空気を作り出した。
「くっ……遅かったか!」
「つーかよう、幾ら何でも取り憑かれるの早くね?」
「よほど相性が良いんじゃないかなあ?」
苦々しい表情のエリックのよそに、ウォレンとルーシーは呑気な口調で小首を傾げるだけだった。