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そもそも囚人番号M20715が、何故ムーン・ダイヤに収監されてしまったのか。話は今より二十四年も昔に遡る。
西部の地方都市ヴィラ、高校を卒業して以来ここに住んでいた囚人番号M20715は、まだ本名であるメルヴィン・スキナーで呼ばれていた。生来物事を深く考えず感情的な行動の多かったメルヴィンは、初めこそ普通の会社勤めをしていたものの人間関係で問題を起こし解雇されてしまう。その後も様々な仕事を転々とするも長くは続かず、最終的には知人のコントラクターを頼り日雇いの仕事で糊口を凌ぐ日々だった。
鬱屈した彼の生活に転機が訪れたのは、とある仕事で一人の男と知り合ったことだった。彼は、郊外に住む老夫婦の一軒家のリノベーションという仕事を受け持っていたが、その家には今時珍しく現金を大量に保管されているとの事だった。既に何度か仕事で中に入っているため、場所も生活パターンも全て把握している。しかし大量の現金を運ぶには一人では手が足りなかった。そのため、メルヴィンに共犯を持ちかけたのだった。その日暮らしの現状に飽き飽きしていたのと確実に金が手に入るという話を断る理由は無く、メルヴィンは二つ返事でその誘いを快諾する。
そして二人は、それからわずか三日後に犯行に及ぶ。メルヴィンは男の手引きで老夫婦の留守中を狙って自宅へ侵入、防犯装置を無効化した上で老夫婦が保管していた現金を持ち出す事に成功する。そして大型車両へ現金を積み込み逃走するのだが、そこで事件が起こる。メルヴィン達は無効化していた防犯装置を有効化するのを忘れたため、警備会社が異常を感知し急行して来たのである。警備会社は監視カメラで逃走車両を既に把握しており、二人はすぐさま追跡を受ける。警備会社の追跡は執拗を極め、メルヴィンは法定速度を遥かに超えた無謀な運転をせざるを得なかった。その状況が決定的な事故を産んでしまう。メルヴィンの運転する車は、歩道を歩いていた一人の少女をはねてしまう。そのショックでメルヴィンは車を止めてしまい、同乗していた男はメルヴィンを見捨てその場から逃走してしまった。
裁判ではまず、二人の犯行が窃盗か強盗なのかが争点となった。二人は警備会社の制止を振り切って逃走したのだから強盗犯である、というのが警備会社の主張だった。しかしそこで、警備会社の無謀な追跡が問われる。警備会社は適切な行動だったと主張し、一方で弁護側は逃走した時点で速やかに警察へ通報し対応を任せるべきだったと反論する。この事件は完全に警察の管轄であること、警察ならば適切な対応により被害者を増やすような事態は避けられたというのだった。
最高裁までもつれた判決は、二人の犯行は強盗に該当するものの警備会社の行動は警察の職務を侵害したという、警察と警備会社双方に配慮したものになった。メルヴィンの判決は、強盗中の殺人であるため第一級殺人を認定されながらも無期懲役という、非常に歪なものとなった。そして囚人番号M20715の呼び名を与えられ、ムーン・ダイヤへ収監される事になった。
メルヴィンは無期懲役となった事を、内心では喜んでいた。死刑は元より、終身刑であれば二度と社会へ戻る事は出来ない。けれど無期懲役なら、仮釈放というチャンスがあるからだ。メルヴィンは囚人番号M20715となってからは、これまでとは別人のように温厚で真面目な男となった。全ては仮釈放を得るためだった。無期懲役の受刑者に仮釈放が降りた前例は、いずれも最低でも二十年から三十年の間模範囚であり続けた者ばかりである。だから感情を押し殺してでも、模範囚でなければならなかった。
それでも遺族からの許可が無ければ仮釈放が認められる事は無い。そこは理解していたが、囚人番号M20715はあえてその低い可能性に一縷の望みを託し生き続けてきた。その結果、どういう理由か遺族の許可が降り仮釈放への道が開けた。この幸運を喜ぶ一方で、疑問に思うことが無い訳ではなかった。囚人番号M20715は、これまで一度も被害者遺族へ手紙を送った事が無い。送る意思はあったが、受け取る事自体を拒否されていたのだ。いつかは受け取ってくれる日が来るだろうと申請を欠かした事は無かったが、結局一度として受理はされなかった。これが自分の罪状に対する被害者遺族からの答えなのだと、半ば諦めてもいた。だからこそ、突然の仮釈放許可が信じられなかった。形だけでも示す謝罪すら受け入れられていないのに、何故許可されたのか。囚人番号M20715には遺族の意図が理解出来なかったのだ。その上、遺族本人が直接このムーン・ダイヤへ囚人として乗り込んで来た。しかも自分への恨みも忘れていなかった。詳細は分からないものの、間違いなく復讐の類が目的だろう。囚人番号M20715は、状況を悪化させ仮釈放が取り消しになる事態は避けたかった。そのために一番重要なこと。それは、本心では過去の犯罪について何の反省もしていないことを知られてはならない、という事だ。