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その晩、オルランドは自室でひたすらこれまでの取材内容についてのまとめを行っていた。整理が終われば、早速草稿の執筆に取り掛かるつもりである。そんな判断に至ったのは、オルランドの中で魔王についての一連に納得の行く答えが見つかったからだった。
ひとしきり記事の材料としてネタをまとめ終えたのは、日付も変わった後の深夜だった。疲労感はあったものの、達成感のせいか目が冴え気分が充実していた。これからこの内容を一冊の本に仕上げる。その完成を想像すると、ますますオルランドは胸が躍るのを抑えきれなくなった。
こわばった体を大きく伸ばしてほぐし、冷たくなったコーヒーの残りを飲む。丁度その時、不意にドアがノックされた。やってきたのはモーリスだった。
「そろそろ必要になると思いましてな。さあ、夜食をどうぞ」
「お、ありがとう。こんな時間まで起きてたの?」
「従者が主人よりも先に休む訳にはまいりますまい」
そう笑うモーリス。おそらく部屋の明かりがずっと消えない事を察しての計らいだろう。彼は普段愚痴っぽい物言いが多いが、こういった気遣いをいつもしてくれるのをオルランドは良く知っていた。
温かい紅茶を飲み、サンドイッチを頬張る。思っていたより空腹だったらしく、胃への刺激が急にオルランドに食欲を掻き立てさせた。オルランドは夢中でサンドイッチを全て食べ尽くし、その様を見たモーリスは行儀が悪いと眉をひそめる。
「それで、如何ですか? その様子では何かしら結論が出たようですが」
「うん、まあね。魔王とその一連の出来事について、自分なりに答えが出たよ」
「左様ですか。では、私にも一つお聞かせ願えませんかな。二年以上も放蕩無頼した成果とやらを」
「まだお茶もあるからね。いいよ、早速始めよう」
オルランドはまとめたばかりの原稿をかき集めて揃え直し、モーリスに向けて解説を始めた。
「魔王の生い立ちだけど、彼は元々アルパディンの出身で孤児なんだ。子供の頃から聡明だったけれど、極普通の人間として育っている」
「となると、アルテミジア正教の方ですか。早速、問題のある内容ですな。魔王がアルテミジア正教の人間などと発表したら、総本山からどんな抗議を受ける事やら」
「実は極秘裏に司教の許可、というか暗黙の了解を受けているんだ。案外大事にならないかもね。それで魔王は、ある日突然と豹変するだ。本人にとっても養母にとっても非常に辛い出来事があってね、それで彼は当時のアルテミジア正教の幹部を何人も手に掛ける。事件の根幹に関わっていた人間だけをね。この頃は既に魔王と呼ばれる何者かになっていたんだろう。聞いた話では、人間とは思えぬ奇っ怪な力を使ったとか」
「要するに、組織の悪の芽を一掃した、という事でしょうか」
「その通り。そして彼は養母に伝えるんだ。悪徳が蔓延っているのは、ここだけではない。だから世界中から一掃しなければ、と」
「魔王は本気で世直しをするつもりだったと?」
「そう。それも、倫理観も何も無視した過激なやり方でね」
魔王は基本的に殺す人間を選別している。それは主に、自分の基準で悪と認めた人間と、自分に対立する人間だ。そのため、時折自分のように魔王と対峙するが見逃されたという話が聞こえてくる。魔王は人類を相手に異形の魔物を統率して戦いを繰り広げたが、その目的は人類の滅亡でも支配でもないのだ。
「いやはや、何とも信じがたい話ですが……。その結論に行き着くまで、相当な取材をしたのでしょうな」
モーリスは感嘆というよりも呆れ半分の口調だった。それは、オルランドの説についてあまり説得力を感じていないからだろう。
「勿論だよ。それに魔王だけじゃない、真相を知るにはもう一つ、勇者マックスについても関わって来るんだ」
「人類を救った英雄ですな。すっかり行方不明のままになってしまいましたが」
「勇者マックスが魔王を討ち取ったのは事実、だけどその後の消息が不明なのは、親友に殺されたからなのさ」
「ほう、これはまた過激な説ですな」
「なんせ、当の本人に会って確かめたからね。あ、だからって接触はしないように。色々と事情があってのことだから」
それはまさに、モーリスに調べて貰ったばかりのバートラムのことを嫌でも連想させるセリフだ。しかしモーリスは興味なさげに小首を振る。
「まあ、私は魔王の取材など興味ありませんからな。それで、何故親友はマックスを殺めるなどしたのです?」
「マックスは実のところ立身出世にぎらついた、まあ随分と俗っぽい野心を抱いた人物だったらしくてね。その一方で相棒の親友は真逆の人物だったからさ」
「はて、話が見えませんな」
「マックスは己の功を誇示するため魔王の死体を晒したい、けれど親友はそれに反対する。それで対立した、という事だよ」
「それが殺すほどの理由になりましょうや?」
「なったんだよ。彼はアルテミジア正教の信者で、彼らにとって死体の損壊は大罪なんだから」
「友情より教義を取りましたか。なんとも、数奇な結末ですな」