BACK

 自分が調べた情報と食い違っている。オルランドはすぐさま取材手帳を開き、再度書き留めておいた内容を確認する。
「あの、勇者マックスは元々アルパディンの出身だったのでは?」
「いえ、違います。彼は生まれも育ちもグアラタルですよ。アルパディンから越したのは私の方です」
「え、そうなんですか? どうやらこちらの取材内容がいささか誤っているみたいですね……」
「そもそも私と彼とで入れ替わりのような事をした訳ですから。どこかしら、そういった食い違った証言は出ても仕方ないんだと思いますよ。それに、グアラタルからの暮らしは二人ともほとんど一緒ですから」
 二人は無二の親友として、グアラタルでは同じ剣術道場に通い、その後は傭兵をコンビで始めた。魔王討伐についても、常に二人組で転戦を続けたという。確かに伝聞だけでは、どちらがどちらと勘違いする事もあるだろう。
「話を戻しましょう。それで、魔王の遺体を晒そうという話でしたが。その時はお互い一歩も退かないほど強く対立しました。それまでも、魔王討伐については色々意見の衝突はあったのですが、それがいよいよ爆発したような形でした」
「例えば、どういった内容ですか?」
「主に、魔王討伐後の事です。あまり良い言い方ではありませんが……マックスは、魔王討伐を自分の立身出世の手段としか考えていませんでした。この手柄をどの国に売るとか、どういう恩賞を要求すれば一生遊んで暮らせるか、とか」
 ふと、霊能者ディオネーの件を思い出す。あの時の彼女は、勇者マックスは非常に俗っぽいような印象を持たせる言葉ばかり並べていた。話は半分程度にしか留めてはいないものの、あの時の言葉は今の証言と整合性がある。
「私はそれに否定的でした。国難、いえ、世界の体制崩壊すら懸念される状況を救ったのだから、それだけで満足するべきだと。英雄として、見返りを過剰に要求するのはあまりに品がないと。まあそんな調子でした。もちろん、彼の気持ちも分からなくもありません。私と同じで、あまり恵まれた家庭ではありませんでしたから、何より金や権威への執着は人一倍強いんです。日々親から疎まれひもじい思いをする辛さは、同類の人間にしか理解されない感覚です。だからこそ、私達は無二の親友になったはずだったんですがね……」
 清貧を貫くバートラムの態度は、勇者マックスにとって理解し難いものだったのだろう。ましてや、似た境遇の親友ならば何も言わずとも理解しているとさえ思っていたのかも知れない。だからマックスは裏切られたとすら思ったのだろう。
「勇者マックスと対立し、そしてああいった末路を辿った。その後のあなたはどうしたのですか?」
「迷惑のかかる人が多いので具体的には話せませんが……当時の連合軍の高官数名の判断で、死んだのはカスパールの方という公式発表をし、私は生涯他言せぬよう誓約させられました。もちろん口約束とはいきませんし、実際戦後数年間はある国の施設に軟禁されていました。事実関係を知る者のほとんどが寿命を迎えた事で、こうしてようやく解放されたほどです。もしかすると今でもどこからか監視されているかも知れませんし、思い過ごしかも知れません。ただ、私はバートラムと名を変えた所でやっと自分の人生を再開できたのです」
 僅かに伝えられるカスパールの末路は、戦場からの逃亡をマックスに咎められ、対立し、斬り殺された、そんな不名誉極まりないものである。きっとこの先彼はこの出鱈目な醜聞を一生背負わされ、真実も公に出来ないまま生きていくつもりだったのだろう。アルテミジア正教の教えに忠実で、清貧を求めただけにしては、あまりに惨い仕打ちと言える。
「ところで、魔王がアルパディンでゲオルグとして暮らしていた頃に、あなたと友人だったと先ほど話されていましたが?」
「ええ、事実です。とは言っても、当時の彼は人気者でしたから。親しい友人は老若男女問わず大勢いましたし、私はその中の一人にしか過ぎません」
「非常な才子だったと聞いています。やはり、何か普通とは違っていましたか?」
「ゲオルグは頭が良くて何でも知っていました。そしてそれを私達に理解させる教え方も上手でした。もしかすると友人と言うより憧れの存在だったのかも知れません。自分もあんな風に何でも出来るようになりたい、なんて思っていましたよ」
「面識はあったんですよね? それで、いざ戦場で魔王として再会した時はどうでしたか? やはり、子供の頃の事なんて忘れていましたか?」
「いえ、彼はすぐに私の事に気付きましたよ。それに、私もそうでした。彼の面影はそのままですし、あの何とも言えない温かな存在感と神秘的な雰囲気は何も変わっていませんでしたから。だから私は、あのゲオルグが魔王だったなんて初めて知った時心底驚いたんです」
「では、魔王と何か話したりはしませんでしたか?」
「何も。私もそうですが、彼も同じだったのかも知れません。お互いこんな立場になってしまっては、今更言える事などなかったのでしょう」
 ゲオルグは、何か啓示的なものを受けて、ある日突然と魔王になったという。それがどういった変質なのか理屈は分からないが、少なくとも己の意思だけでおいそれと止める事は出来ないものなのかも知れない。