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朝食が終わると、わざわざ集まってきた親類一同はそれぞれの事業のため屋敷を後にした。彼らから別れ際の畳み掛けるような説教の連続に辟易したオルランドだったが、家族すら既に仕事に出てしまいがらんとした食堂で一人残され、思わず子供の頃にいつもここで一人で食事をしていた事を思い出し、物寂しい気分を味わってしまった。オルランドの家族や親族達は、まるで生まれながらにそれが生き甲斐とばかりに仕事へ没頭する。おそらく、そういった血統なのだろう。そのため結婚する相手も同じような人種で、端から見て何のために結婚したのか疑問に思うような夫婦も珍しくない。唯一の跡取りだ嫡男だなどと時代錯誤のような事を並べ立てる割に希薄な家族関係を疑問に思わないから、この期に及んで、一族の跡取りが自分しかいないなんて状況になるのだ。そうオルランドは彼らの事を皮肉った。
生来の仕事人間ばかりの一族の中で唯一道楽者の自分に、果たして仕事のための人生など全う出来るものなのか。そんな不安を覚えつつ、一人広い食堂でお茶を飲みながらこの旅でしたためた手記を読み返した。
そしてそれは、オルランドが一人の昼食を終えて自室に戻った直後だった。訪れたのはオルランドの教育係でもある、モーリスだった。
「お待たせいたしました、若」
「待たせたって、呼んだ覚えはないけど」
「これは使用人をこき使う御立派な態度でこざいますな。今朝方御言いつけになられた件、御報告に参上した次第」
「え、もう分かったの?」
「勿論です。もはや余命を数える歳ですから、何事も迅速さが大事です」
皮肉っぽいモーリスの言動はさておき、モーリスの調査結果の書類を受け取ると早速その内容を読み始める。それは、たった一人の男の経歴書だった。迅速な調査結果とは言え、ここまで絞り込めている事にはいささか疑問を覚える。
「これだけ? うちなら、もっと偽名なり使ってる人いるんじゃないの?」
「クヴァラト社の人事部は、皆働き者でございます。身元を誤魔化したり経歴のあやふやな者など、採用前に見つけはじいてしまいます」
「じゃあ、何でこの人に絞り込んだのさ?」
「この者、採用後に裁判所で手続きを取った上で合法的に改名しておりました。そこで改名前のお名前を調査したところ」
「まさか、カスパール?」
「御明察でございます」
いきなり見つかった。オルランドは思わず手を打って喜びを露わにした。まだ同名なだけで本人とは限らないが、わざわざ改名をしている事実が可能性を非常に高く感じさせる。カスパールという名前は、世界的に見てもさほど珍しい名前ではない。また勇者マックスのように同名の著名人がいる訳でも無く、改名という非常に面倒な手続きを行う積極的な理由が見つからない。あるとするなら一つ、それこそ過去の経歴を辿りにくいようにする以外にはない。カスパールは自分の過去を誰にも知られたくはないのだ。
「合法的な改名かあ。それなら、よほどの理由があるはずだよね」
「裁判所の関係者によれば、そもそも改名の申請自体が稀の為、非常に良く憶えていたそうです。まず若の探しておられる方で間違いないかと。それにしても、どうしてわざわざ親に貰った名前を変えるのか、理解に苦しみますな」
「その理由が大事なんだよ、この取材の結末には。よし、それじゃあ早速この人にこれからでも会いに行けないかな」
「どうでしょうな。今日は夜勤明けとの事で、もう帰宅しているでしょうから、事務所にはおられないでしょうな」
「真っ直ぐ帰るタイプなの? どこか行き着けの店とかないの?」
「そう仰ると思い、行き着けの店は調査済みです。そこから当たると良いでしょう」
「いやいや、抜かりないねえ。モーリスがいると、本当に取材が捗るよ」
「持つべきものは人脈です。若も仕事を円滑に進めるには、様々な人脈を作るのが良いかと。そもそも仕事とは、人と人との間にこそ成り立つものでありますから」
「分かった、分かったよ。これからはそうするから」
モーリスは、様々な業界や方面に伝手を持っている。過去にどういった事をしてきたのかはあまり語りたがらないが、少なくともこういった無理難題をあっという間に片付けてしまうのは、まさにこの伝手の威力である。父がモーリスを重用したのも頷ける話である。しかし、自分が彼のような人脈を築けるかどうかは甚だ疑問である。取材旅行では流石に見知らぬ人でも話し掛けてはいたが、基本的に人見知りが激しくあまり人と話す事は本当は好きではないのだ。これもおそらく、幼少から外とあまり接しない育てられ方をしたせいだ、そうオルランドは信じて疑わなかった。