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「ちょ、ちょっと待って下さい。死後? 勇者マックスは、もう存命ではないのですか?」
「そうなります。おかしいように思えますが、私の力は逆に生きている方とは交信が出来ませんから。勇者マックスは死去されています。それは間違いありません」
 勇者マックスは、既に死亡している。魔王は討伐され、勇者マックスの親友カスパールも斬殺された。その上勇者マックスまで死んだとなれば、魔王に近しい者はもはや残っていない事になる。これでは、魔王の真相の究明は不可能になってしまうだろう。
「そうだ、勇者マックスに魔王の事について訊いて貰えませんか? 彼は一体何が目的であんな事をしたのか、その理由が知りたいのです」
 こくりと頷き、しばし集中のため黙り込むディオネー。やがて溜め息混じりに口を開き始めたその表情は酷く曇っていた。
「とても残念ですが……勇者マックスとは、その名に相応しい方とは言い難いようですね」
「どういうことです?」
「かいつまんで説明しますと、彼はそもそも立身出世しか興味が無く、魔王の素姓などどうでも良かったそうです。ただ明確に世界の敵であったため、それを倒す事が立身出世の近道としか考えていませんでした。魔王の居場所については、ある日突然と分かるようになったそうです。霊的な目覚めの事でしょう。そして魔王の討伐については、親友カスパールと意見がずっと対立していたようです」
「意見が対立? 仲違いですか?」
「そのようです。カスパールは魔王の目的について何か知っていたようで、それが対立の発端なのでしょう。後は彼についての恨み言や罵詈雑言の嵐です。まともな意見は聞けそうにありませんね」
「どうにか宥める事は出来ませんか?」
「難しいですね。彼は強い恨みや怨念に満ち満ちています。これだけ荒ぶる魂に無闇に近付くのは、逆にこちらが引き込まれ危険な目に遭うでしょう」
 まるで悪霊のような荒れ方をする今のマックス。そもそも勇者と謳われるほどの品格を備えていた訳でもなく、ただただ出世欲だけで魔王に食らいつき、遂には討ち果たしただけと言うならば、いささか幻滅を否めない。勇者に品格を求め過ぎているのかも知れないが、仮にも世界の敵を倒した偉人であるならそれに相応しい言動も求めたい気持ちはどうしてもある。
 ともかく、それほど恨んでいたから、勇者マックスはカスパールを親友でありながらも斬殺してしまったのだろう。しかし、意見が対立しただけであっさり親友を殺してしまうことが出来るものなのだろうか。こればかりは当事者でなければ分からない感覚なのかもしれないが、少なくとも自分にとっては絶交はしても手に掛けるような事など発想にすら至らない。そもそも勇者マックスとは、そういう事が出来る品性の人間なのか。
「そうだ、でしたらカスパールとの交信は出来ますか? 彼なら魔王の目的について何か知っていたんですよね」
「やってみましょう」
 再び目を閉じてじっと集中するディオネー。すると今度は、驚きを露わにした表情で目を開けた。
「これは、まさか……」
「どうかしましたか?」
「カスパールは御存命のようです」
 思わぬ言葉に、オルランドは思わず息を飲み絶句する。
「……え? まさか、そんな。カスパールは、勇者マックスに斬殺されたではありませんか」
「これは私の推測ですが。二人が対立した事は事実ですが、斬殺されたのはカスパールではなく勇者マックスの方だったのではないでしょうか? それならば、彼の異様な恨み言の数々も納得がいきます」
「魔王討伐の立役者が、親友と対立して殺されてしまった。そんな醜聞で戦勝に水を差すような真似はしたくないから、戦後になってもなお各国は事実を秘匿した……確かに辻褄は合いますね」
 信じていた親友と意見が対立しただけでなく、剣を交えた末に斬り殺されたのだ。せっかくの立身出世の望みが絶たれたのだから、それだけが目的の人間だったのであれば恨みの塊と化しても無理からぬ事である。
「もしかすると、あちこちに勇者マックスを目撃した、なんて噂があるんですが、それも実は目撃されたのは勇者マックスではなくて」
「カスパールかも知れませんね」
 勇者は死に、その親友が生きている。これは恐らく、世界でも自分達しか知らない事実ではないだろうか。いや、その考えは短絡的だろう。どこの国家も勇者の動向について知らないはずがない。知っていて敢えて隠匿したのだろう。戦勝ムードに水を差さないためかも知れないが、他に理由が無いとも言い切れない。その答えはきっとカスパールが知っているだろう。
 オルランドは俄かにカスパールという人物へ強い好奇心を抱き始めた。きっかけが霊能力などと非科学的なものであっても、行き詰まった取材を進めるには十分な材料である。