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「オルランド様は、死者の霊の存在について懐疑的なようですが、それでもここを訪れたのは、何か心変わりでもありましたか?」
「そういう訳ではありませんが……。疑わしいと思っているのは霊の存在ではなく、その霊と思うように会話が出来るという事についてです」
「あなたが、この人の霊を呼び出したなら納得する、という方なら如何でしょう?」
「それは逆に、何かの話術に嵌められそうで、ちょっと。……いえ、そんな事を言っていたら話が始まりませんね。では、私の父親をお願いします。父は私が幼い頃、魔王に殺されました」
すると、ディオネーは少しの間目を閉じ、何かに集中し始める。やがて目を開くと同時に、苦笑混じりに溜め息をついた。
「まだ疑っておいでですね。魔王に殺されたのは、あなたの叔父ではありませんか。お父様は御健在でいらっしゃいます」
見事に言い当てられ、オルランドは驚きと動揺を隠せなかった。半分の嘘ならばれにくいと思っていたのだが、ここまで正確に言い当てられるとは思ってもみなかった。これこそが噂の霊能力、本物の霊能者の力なのだろうか。
「……失礼しました、試すような真似をして。ではまず、私の目的からお話します。あなたの力は、少なくとも詐欺紛いのでたらめではなさそうですから」
「ええ、ここまでいらっしゃったことを無駄足にはさせぬよう頑張りますわ」
そうにこやかに微笑むディオネー。その真意はまるで読み取れないが、少なくとも自分が本物の霊能者であると認めさせたいといった顕示欲からは離れた所にあるように感じられた。自分に協力する事で、何か得られるものがあるのだろうか。それが気になった。
「私は、素人の見様見真似ではありますが、魔王について世界中を巡りながら取材をしています。その理由は、先程少しお話しましたが、私の叔父が魔王に殺された件にかかります。実は私は、その際に魔王をこの目で見ています。そしてその時の印象と、今世間で言われるような魔王と、あまりにかけ離れていると感じました。それで、本当の魔王とはどんな者だったのか、それを確かめたいのです。ただ、今はもう手掛かりらしい手掛かりも無くて行き詰まりかけています。それで、どんな些細な情報でも繋がりがありそうなら調べるような状況です」
「勇者マックスの事を調べているのも、魔王に繋がる手掛かりになりそうだからですね」
「ええ、そうです。って……そこまでご存知なのですか?」
「ここをお訪ねになる理由と目的について、大体は」
ならば、今更改まった説明も必要ないのではないか。オルランドは眉間に皺を寄せて、軽く咳払いをする。
「それで、魔王についてですけれど。残念ですが、私の力では対話は不可能です」
「理由を伺っても?」
「魔王は、そもそも霊的な格が違うのです。私達人間より遥かに格上、神様の類と思っていただいて構いません」
「神様、ですか。格上だから、みだりに呼びつけるような真似は出来ないと?」
「そもそも交信すら不可能です。世の中には、どこそこの神を降ろす、なんて事をされている方も居りますよね? あれは全てインチキです。神は人に降りません。ましてや、人の意志に応えるなど有り得ない事なのです。人の意思で天体を動かす事は出来ないでしょう? 神々とはそれ以上に強大な存在で、細か人間の意思など最初から眼中にありませんよ」
「何だか、修道女とは思えないセリフなのですが……」
「私は神職の人間ですが、神をどうこうするために就いた訳でもありませんから。単にこの仕事が、人に必要とされているからです。宗教とは、神のためではなく今を生きる人のためにあるものと考えています。ですから、故人との対話は、むやみやたらにするものではありません。生きるために必要な事として行われるべきなのです」
修道女で霊能者となれば、かなり信心深く宗教色の強い人柄であると、オルランドは勝手に想像していた。しかしディオネーは、むしろ宗教を手段として捉えるようなリアリストに思える。そうなると彼女の霊能力も真実味を帯びてくるように思えるが、早々に魔王との交信は無理だと言い切った。それは、本当は霊能力自体がでたらめで、魔王を演じて下手にボロを出したくないための言い訳ではないのか。そんな邪推をせずにはいられなかった。
「では、魔王との対話は諦めるとして。先程、魔王は神格が高い神様の類のような存在とか仰っていましたが。それは本当でしょうか?」
「そうです。正確には、元々人間だった彼が神のような霊的格に引き上げられた、という事ですね。オルランドさんは、魔王の生い立ちについて、何かお調べになっておりませんか? 魔王は元々普通の人間でしたが、ある時に突然と神格を備えたはずですよ」
そこでオルランドは、魔王ゲオルグの養母であるマルガレタの証言を思い出す。彼女はゲオルグがある日突然と豹変した、と言っていた。それは即ち、ディオネーが言うところの霊的な格が神のような高さに引き上げられたからなのだろうか。
「その、霊的なものはどうやって格を上げるのでしょうか? それは自分でどうにかなるものなのですか?」
「それは私にも分かりません。自分で目覚める事が出来る才能があったのか、どなたか神が気紛れに起こした事なのか。多くの人の思いが込められる事で神性を帯びる事もあります。人が霊的に豹変するのは有り得ない事ではないのです。それも自力で。勇者マックスもまた、自力で人とは異なる霊的な目覚めを経験したそうですよ」
「勇者マックスと交信が出来るのですか?」
「ええ。彼は死後にさほど神格化されなかったようですから、私の力が及びました」