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翌朝、オルランドは少し考えた後、昨夜クライドから聞いた件の霊能者の元を訪ねてみる事にした。理由はさほど深いものはない。クライドから提供された勇者マックスの目撃証言の裏を取るという次の目的はあるのだが、やはりこの国を離れる前に確かめておきたいという思いがあったからだ。霊能者の力など信じてはいないが、これまでも信憑性が無いと思っていたことから意外な発見があった。そういった可能性を初めから捨てる理由も無いと言える。
クライドから貰った資料によると、件の霊能者ディオネーはグアラタルより馬車の定期便で半日ほど東へ向かった街道沿いの教会に住んでいるとのことだった。オルランドはその日最初の便に飛び乗り、目的の教会へと向かった。
流石に首都周辺の街道沿いは通行量が多く、移動する人々を相手にした店がかなりの頻度で開いている。その中に教会があるのも、旅の安全祈願やら懺悔などで利用する人が多いからなのだろう。教会はアルテミジア新教のものらしく、オルランドにとっては話の取っ掛かりとしてそういった理由で入るのが自然であると画策する。
資料の通り、丁度昼過ぎぐらいの時間になって目的の教会に馬車は辿り着いた。そこはこれまでの街道沿いとは異なり、周囲には小さな定期便の待合所があるくらいで、教会以外には人の住む建物が一切見受けられなかった。何故ここだけがこんなに過疎なのかと思いよく見渡してみると、教会のすぐ近くには大きな墓地があった。ペルケシス国の人間は特に死を穢れとして忌避する傾向があるらしく、墓地の近くにわざわざ店を建てたりはしないのだろう。
ここで定期便を降りたという事は、何か明確な目的があって来たということになる。いきなり話を切り出さず、懺悔の形でうまく話を持って行ければいいのだが。そう思いながらオルランドは教会の中へ入っていった。
さほど大きくもなければ、内装もいたって質素で年期を感じる。掃除は行き届いているため清潔感はあり、手入れの頻度からして利用する者は少なくはないのだろう。如何にもアルテミジア新教の教会という印象を受ける。しかしあまりの飾り気のなさと人気のなさ、その上決して快適とは言えないこの手狭さからして、需要そのものはあまり無い寂れた教会のように思える。
教会の中には誰の姿もなかった。霊能者ディオネーなる人物と話すのには都合が良いのだが、肝心の本人がいないのでは意味がない。鍵も掛けず不在という事はないだろうが、どこかに離席しているのだろうか。
少しここで待つとしようか。そう考えていたその時だった。
「お待ちしておりました、オルランド様」
「えっ?」
突然後ろから話し掛けられ、オルランドは慌てて振り向きその姿を見る。そこに立っていたのは、まだ十代も半ばというところの若い修道女だった。
お待ちしておりました、とはどういう意味なのだろうか。そもそも何故名前を知っているのか。
一旦クライドとグルなのではと思ったが、朝一番にやってきた自分を追い抜いてまでの労力をかける悪戯など非現実的過ぎる。彼女に何か理由があるのだろうか。
「私、ここの管理を任されておりますディオネーと申します」
「あ、ああ、はい。私はオルランドと申しますが……以前何処かでお会いしてましたっけ? 初対面だったと思うのですが」
「私の事はご存知でしたよね。つまり、そういう事です」
ディオネーは曖昧な言葉で微笑みながら、お茶を濁す。はっきりと答えられない事情があるとしたら、それは自分の霊能者としての肩書に神秘性を持たせる以外に思い当たらない。胡散臭さを感じる一方で、彼女が本物の霊能者の可能性がある事と門前払いを受けたクライドとは違って好意的に受け入れられている事に期待感を抱いてしまう。
「ここでは落ち着いてお話できませんから、どうぞ奥へ。今日は私しか居りませんので気兼ねなく」
そう言ってディオネーは、脇のドアから奥の部屋へと招く。オルランドはやや困惑しつつも、一礼してその後へ続いた。
礼拝堂の近くにあるその部屋は、ディオネーの私室のようだった。ベッドに小さなテーブルと本棚が一つ、クローゼットも小さなものが一つと、質素過ぎるような生活ぶりに見えた。オルランドは一つだけの椅子に座り、ディオネーはベッドに座る。
「最初に教えて頂きたいのですが。本当に、どうして初対面の私の名前をご存知なのですか?」
「そうですね。あなたは、私が世間で言うところの霊能者と知って訪ねていらっしゃったのですよね? それが答えです。私は今日この時間にあなたが来る事を予め知っていたのです」
「予知っていうやつでしょうか」
「そう思っていただいて構いませんよ」
予知というものは昔からある典型的なオカルトである。しかしそのいずれにも種や仕掛けが存在し、結局のところは協力者の存在か話術の延長である。ディオネーの話し方から話術の類は感じられなかったが、協力者の存在まではまだ否定できない。ともかく、何でもかんでも信じたり疑ったりするのではなく、事実をあるがままに受け入れるようにしよう。そう心構えを整えるオルランドだったが、心の何処かでは既にこの少女にペースを握られてしまったような不安を抱いてしまっていた。