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勇者と魔王の接点が、それぞれの幼少期にあったとは。それ自体は大きな情報ではないものの、明らかに謎の多い二人の半生を紐解くには重要な手掛かりと言えた。オルランドはクライドの話に益々熱を上げて集中する。
「勇者と魔王の交友関係は、流石にさほどのものは無かったようです。後の魔王ゲオルグは相当に聡明で優秀な子供だったそうですから。一方の後の勇者マックスは、気性は母親似だったのかアルテミジア正教の教義など退屈だったようで。よくサボっていたそうですよ」
「じゃあ、二人が戦場で再会した時は、もう面識なんて無かったようなものなんですね」
「もしかすると。ただ、勇者マックスは何やら神の啓示らしきものを受けて戦場に赴いたようですから。頭に問題が無いのであれば、神様とやらから自分の使命について詳しく語られていたかも知れませんね」
「こればかりは、当の本人に訊いてみないと分からなさそうですね。今現在、マックスが何処に居るのか御存知だったりします?」
「噂なら幾つかありますけど。なんせ、いずれも辺鄙な所の情報ですから。確かめようにも、なかなか金の方がね」
そう言って苦笑いするクライド。確かに今時魔王や勇者の事を取材しても金になるはずがない。本業の傍らでやっていくのがせいぜいだろう。
「でしたら、私にその情報を戴けませんか? 全部片っ端から赴いて調べますよ。私は金と時間だけは余裕がある身でして。もちろん、結果はちゃんと手紙で送りますよ」
「ほう! それは何とも羨ましい。金と時間さえあれば、自分も好きな事だけ取材して暮らしていくんですがね」
そう言ってクライドは、書類の山の中から一つの束を取り出して差し伸べた。受け取って中を見ると、そこには勇者マックスについての様々な噂や証言が書き記されていた。ぱっと読んだ限りではなかなか真偽の判断が付かない微妙なものばかりで、確かにこれは現地に直接赴いて取材しなければ分からないものであった。
「しかし、これだけの裏取りをタダでやってもらうのも忍びないなあ。そうだ、他に何か知りたい事なんてありますか?」
「そうですねえ。勇者マックスの友人についての情報はありますか?」
「カスパールですか? グアラタルに来てから知り合った親友で、長年共闘していたはずなのに魔王を討ち取った直後に対立してマックスに斬り殺されたという」
「ええ、それです。彼なら魔王の事や勇者マックスのその後についても聞けると思ったんですがね」
「ま、死んでいるんじゃ難しいですね」
「死んだ人の声を聞く方法でもあればいいんですけど」
「ああ、それなら」
するとクライドは、突然と何か思い出したように立ち上がると、書斎から一冊の古い雑誌を持ってきて見せた。
「霊能者ディオネーって名前、聞いたことありませんか?」
「いえ、ちょっと聞いたことありませんね」
「このグアラタルの都心からかなり離れた教会に住んでいるんですけどね、彼女は死者と会話が出来るそうなんですよ」
クライドの唐突な言葉に、オルランドは思わず吹き出してしまった。
「死者と会話? 何だか胡散臭いなあ」
「ハハッ、まあ話半分にでも聞いて下さいよ。彼女は自分が気に入った人の依頼しか受けないんですけど、実際に受けてもらった人の話だと本当に死んだ本人と会話が出来たらしいんですよ。もちろん、この手の自称霊能者は腐るほど居ますし、相手を騙す会話のテクニックなんかもあります。けど、このディオネーに限っては一切そういった風評を聞かないんです。だから本物なんじゃないかって」
しかし、だからと言ってそれが本物であると断定する事は出来ない。むしろ、そう言った批判を極端に聞かないような相手こそ疑わしいものである。批判的な風評を徹底的に押さえ込むのは、様々な業界で耳にする手口である。
「クライドさんは依頼をしてみたんですか?」
「もちろん。でも記者は嫌いだからって追い返されました。名乗ったつもりは無いんですけどねえ。霊能者は見透かしちゃうのかな?」
冗談めかして語るクライド。本人もまず本物とは思っていないだろう。大方これ以上提供出来そうなネタも無いため、戯れ用のネタを出しただけなのだ。もしも本当に死者と話せるというのであれば、魔王の謎も勇者の生い立ちも簡単に明らかになる。こんなに苦労して世界中を駆けずり回り取材する必要もなくなる。クライドももっと本気になって件の霊能者に協力を取り付ける行動を起こしているはずだ。
「ま、そういう訳で。もう我々の取材は藁にもすがるような状況ですから。こういうのもアリなんじゃないかなと思いません? 嘘か真かはさておき、取り敢えず何かネタを提供してもらって、その裏取りをするとかね」
「でも、肝心の本人に気に入られないと駄目じゃないですか」
「私はもう記者が長いから、風体が胡散臭過ぎたんでしょう。オルランドさんなら大丈夫、真面目で誠実そうに見えますから気に入られるかも知れませんよ。顔だって私より多少は端正だ」