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 クライドの自宅は、店を出てから馬車に乗って三十分ほど西へ向かった住宅街にあった。都会特有のぎらついたガス灯の明かりが僅かに届くその付近は、人通りはほとんど無く喧騒とは無縁だった。建物を見る限りは高級住宅街という訳でもないが、金のない学生が住めるほど安くもないのだろう。
「さ、ここです。まあ入って入って」
 案内されたのはやや年季の入った一戸建て住宅だった。家の中は片付けは行き届いてはいるものの年季による汚れが目立ち始めている印象だった。一人暮らしで手広な家に住むには、やはりこういった物件になるのだろう。
 リビングのソファーに腰を下ろし、クライドが用意した温かいお茶を飲む。ほろ酔いの体に温かいお茶はよく染み渡り、胃が落ち着いていく感覚があった。だがそれ以上に、オルランドは自分以外に魔王を取材している人物と知り合えた喜びに興奮していた。これまで素人が手探りで調べて来た事ばかりだったが、本職の人間が取材して集めた情報は如何ほどのものか興味は尽きないのだ。
「とりあえず、オルランドさんはどれくらいの事を調べたのですか?」
「魔王の生い立ちは概ね。直接現地で調べましたよ。まあ実際は後からそうと分かったんですけどね。魔王はアルパディン出身のアルテミジア正教信者で、両親は不明、義理の母に育てられたそうです」
「魔王となった経緯も?」
「ええ。ただ、根本的な部分についてはよくは分からないんですけれど」
 オルランドはこれまで自分が調べてきた魔王ゲオルグについての情報をクライドに説明した。特に魔王の生い立ちについてクライドも掴んでいない情報が多かったらしく、話を聞きながらしきりにメモを取っていた。アルパディンではかなり危ない橋を渡りはしたが、それは充分に価値のある情報だったのだろうとクライドの反応から感じ取れた。
「いやあ、素晴らしい! 自分もかなり調べてはいたつもりなんですけどね。知らない事が随分ありましたよ。それにしてもアルテミジア正教の幹部がねえ。よくまあ、無事に戻れましたね」
「運が良かったんでしょうね。我ながら素人は怖いもの知らずだと、改めて思いましたよ」
「ははは、確かに言えているかも知れませんね。おっと、話を聞くばかりじゃいけませんね。私の方も情報を出しましょう。ちょっと待ってて下さい。書斎から資料を取って来ますので」
 クライドは書斎から幾つかのファイルを重ねて運んで来た。見た所古い表紙のものもあり、彼は自分よりもずっと長く取材をしているようだった。
「魔王ゲオルグの生い立ちについては、私も幾つか情報は持っていましたが、どうにも信憑性が薄そうだったり、裏が取れなかったりで。ですが、オルランドさんの情報で確信に至ったネタもありますよ。これなんかそうですね」
 そう言ってクライドが見せたのは、数年前にこのグアラタルで行った取材の記録だった。取材相手はごく普通の一般人のようだったが、その証言と推察の走り書きにオルランドは強く引かれた。
「勇者マックスと魔王ゲオルグが友人だった……?」
「そう! これまでは与太話だと思ってたんですけどね、魔王ゲオルグがアルパディン出身という事で確信が持てたんですよ」
「どういう事でしょうか?」
「勇者マックスは、そもそもこの国の生まれじゃないんです。幼い頃に両親が離婚して、母親に連れられて移住して来たんです。母親が元々こちらの生まれだそうですから」
「つまり、元々の生まれ育ちというのが」
「そう、アルパディンなんですよ」
 勇者マックスがアルパディンの出身だったとは。取材していた時はマックスなんて名前は一言も聞いていないが、それはおそらく本当に幼い頃にしか住んでいなかったせいなのだろう。しかし、まさかこんな事でも勇者と魔王の共通点が見つかるとは。オルランドは新たな発見に興奮を隠しきれなかった。
「しかし、同じ出身というだけで友人となっているとは限らないのでは?」
「そもそもなんですが、マックスの両親の離婚の原因、それはアルテミジア正教にあるんです。父親はアルテミジア正教、母親はアルテミジア新教、まあ今時は珍しくもないんですが、息子をどちらの宗派にするか随分と揉めたらしいです。母親はなんでもかなり派手好きだったらしくて、質実剛健なアルパディンの暮らしに嫌気が差していたらしいんですよ。だったら何故結婚したんだとはなるんですがね。まあそれで夫婦間の対立があって紆余曲折を経て、二人は離婚、マックスも母親に引き取られた訳なんですが。この離婚の決定打になった事がまた凄いんです」
「何があったのですか?」
「父親が勝手に息子に洗礼を受けさせたんですよ。アルテミジア正教の。だからマックスはアルテミジア正教の信徒になっていたんです」
「勝手に洗礼ですか。いやいや、それは確かに拙い」
「で、子供の信徒は大体一つにまとめられて教義の勉強をします。そこに後の勇者と魔王が一緒にいた訳ですよ。その当時、教育を担当した元助祭の証言があるんです。アルテミジア正教を破門されたような人だったんで、あまり真には受けていなかったんですがね」