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 勇者マックスには親友がいた。その話自体は何度か聞いた事がある。そして彼、カスパールは勇者マックスと共に剣術を磨き、そして傭兵として戦場を駆け巡った。魔王を追うようにあちこちの戦線を転々とし、幾度となく魔王と戦った。当初は、このカスパールという人物を探せば勇者マックスに巡り会えるだろうと踏んでいた。しかしそれがもはや故人であり、その上勇者マックス自身の手にかかったものだと言う。オルランドにとっては新たな情報の連続ではあったが、あまりに予想外の展開に頭の整理がすぐには追い付かなかった。
「二人は、仲が悪かった訳ではないんですよね?」
「ええ。幼い頃からの親友でしたから。それも、ただの親友じゃありません。何と言いますか、二人共家庭環境があまり良くありませんでした。親の虐待だとか育児放棄だとか、そういった事が積み重なって、家に帰りたがらなかったんです。そんな似たような境遇同士でしたからね、何か思うところがあったのでしょう」
「あなたは、そんな二人に剣術を教えたのですか?」
「元々、二人は時々道場に来ては稽古を覗き見していたんです。それで私から声をかけて、時々食事も与えたりして。驚くほど熱心に稽古に励んでいましたよ。最初はただの道楽だったのに、いつの間にか私の方が本気になってしまって。あれは強さへの憧れというより、渇望だったのでしょうね。辛い現況を何とか打破したいという」
 劣悪な家庭環境に置かれた辛さを共有できる仲だった。それだけ深い友情で結ばれていたはずなのに、あっさりと途絶えてしまうなんて。やはりマックスがカスパールを殺したというのは不自然に思える事である。
「二人はいつどういった経緯で傭兵になったのですか?」
「そうですね。確か、魔王の軍勢の侵攻が本格化し始めた頃だったと思います。政府が志願兵を募り、二人もそれに志願したのです。魔王を倒し、世界に平和を取り戻すと、そう息巻いていましたよ。ですがそれは、うまくは行きませんでした」
「選考に落ちたのですか?」
「まだ戦況が悪化する前だったので、兵も厳選したのでしょうね。二人は何より身辺調査で引っ掛かってしまいました。事情はどうあれ、ろくに家にも帰らず学校にも行かなかった若者でしたからね。素行不良の烙印を押される事になりました」
「時期がもう少し後だったら、採用されていたかも知れなかったんですね」
「私も、もう少し修行を積んでから再度志願すればいいと言ったんですがね。二人は、正規兵が無理なら傭兵になると言い張って聞かなくて。それで結局、自称傭兵みたいな状態で飛び出して行きましたよ」
「でもそれは、平和を愛するために、という事ではないのでしょうか? やや若さが先走った後先考えていない行動ではありますけれど」
「私もね、最初はそう思っていたんです。平和のために戦うのは素晴らしい事だが、相応の力と精神が養われていなければ駄目だと、月並みな説教をしましてね。ですが、二人は実のところそういった理由で戦おうとしていたのではなかったんです」
「違う理由で?」
「はっきりとは話してはくれませんでしたが。なんでも、神様の御告げを聞いたそうなんです。それも一度や二度ではなく、二人共同じ時期に同じ内容で」
「神様の御告げ? えっと、この国ではアルテミジア新教が主流でしたよね。何か教典にそんな逸話とかエピソードがあったりしましたっけ?」
「それが、どうもそういった宗教儀式的なものではないらしくて。ある日本当に突然と頭の中に言葉が聞こえて来たそうなんです」
 そこでオルランドは、ふと魔王ゲオルグの事を思い出した。彼の母親によれば、ゲオルグもまたある日突然と何かが降りてきたかのように豹変したという。勇者と魔王で、どこか類似している出来事のようである。
 魔王への変貌は、常識では計り知れない何かが起きたためとしか言いようがなかった。だが勇者の発端も同様の出来事だったのだろうか。もし人知の外の存在があったとして、あの戦争が彼の干渉があったために起きた出来事だとしたなら。一体何が目的で起こしたものなのだろうか。魔王とその抑止力を作り出した所で、戦争以外に何も生まれるものはないように思う。むしろ戦禍こそが目的とすら言えてしまうだろう。
「あの、今マックスは何処にいるのでしょうか? 魔王を討ち取った日以来、何も情報が伝わっていないのです」
「さて。この十年音沙汰もないので、彼らの家族は元より私もさっぱり分かりません。己の行いを恥じているのか、それとも世の中に嫌気が差したのか。何にせよ、今もどこかで生きているものと私は信じています。私は何よりもまずは自分が生き延びる事を教えて来ましたから。それを忘れずにいてくれていれば良いのですが」
 勇者は相変わらず生死不明、行方知れずのままである。分かったのは二つ、マックスが親友カスパールと対立し死に至らしめたこと、魔王と勇者の奇妙な共通点があったという事だ。しかしこれだけではまだまだ魔王の足跡も勇者の真相も見えて来ない。両方の身内と会ってこれだけの情報であるなら、これ以上を知るにはやはり当事者に会うしかないのかも知れない。
 勇者マックスは今どこで何をしているのだろうか。オルランドはただただ数少ない彼の武勇を評した文章を思い出し、今の姿をあれこれと想像した。