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「まず、初めに。あなたは、魔王とは何処から現れたのかご存知ですかな?」
「魔王の誕生、ですか? さあ、未だに見当もつきません。ルーツを辿りたいとは思っているのですが、そう有力な手掛かりは見つかりませんので」
魔王とは、今から十年以上も前に突如として世界に現れた存在である。魔王として現れたのだからそれ以上でもそれ以下でもなく、何処からやってきたなどとは誰にも知られていない。それが一般的な認識であり、オルランドもほとんどその範疇にある。
「魔王とは、そもそも魔王として生まれた訳ではないのです。いや、魔王になるべくして生まれたのか、はたまたそのように宿命付けられているのか。何にせよ、はっきりしているのは魔王は人として生を受け、ある時を境に魔王となったのです」
「それじゃあ、魔王は元々は人間だったのですか? 人間がある時に何かしらのきっかけで変貌したと?」
「その通りです」
いやにはっきりと断言するものだ。流石にオルランドは大司教の口振りが気になった。でたらめを言って煙に巻こうとしているのではないか、そんな疑いが頭を過ぎる。
「人間だったという根拠はあるのですか?」
「その根拠こそが、こうして我々アルテミジア正教が箝口令を敷くに至った理由ですよ」
「つまり、教団と魔王との繋がりがあるから、ですか。それは具体的にはどういったものでしょう?」
「魔王となった少年、彼はこのアルパディンで生まれ育ったからです」
それはつまり、この街は魔王にとって故郷だというのだろうか。
事実ならば、これは今までにない展開である。魔王にはそもそも人間としての営みをしていた時期があり、それが何らかの理由で魔王となった。これまで不明だった魔王の生い立ちを明らかにする有力な手掛かりである。
「生まれ育ったという認識があるという事は、やはり魔王はアルテミジア正教の信者の一人だったのではないですか? それもただの信者じゃあないと思います。一個人として知られる何かの理由があるのではないですか?」
「否定はしません。ただ、詳細は申し上げられません。ここも縦社会です、上の命令には逆らえませんから」
大司教より上の人間、そうなるともはや教皇ぐらいしか思い当たらない。
教皇が口止めするのは、アルテミジア正教の信者から魔王が生まれたなどと体裁が悪いからなのだろう。だが、教皇が直接口止めしてくるとなれば、そもそも魔王の出自がただ者ではないことになる。少なくとも、箝口令を敷かなければならないほどの出自という事だ。
まさか、重職の誰かの息子だったりはしないだろうか?
ふと思い付いたその言葉を、オルランドは問い訊ねそうになり、思い留まる。どうせはぐらかされるだろうというのと、概ねそこは訊ねるまでもなく想像がつくからだ。
「あなたは、魔王となる前の時期の事をご存知なのですか?」
「ええ、無論。彼……名前をゲオルグといいます。ゲオルグはよくここの聖堂にも来ていました。非常に聡明で優しい子供でした。それがあのような禍々しい魔王になるなどと、恐ろしい悪魔が取り憑いたに違いありません!」
オルランドは、今の大司教の言葉の最後の方がやけに心無い言い方に聞こえてならなかった。そこだけは本音とは裏腹の言葉を口にしている。そう思わせたいのだろうか。とすると、ゲオルグ少年は何かが取り憑いて突然と魔王になった訳ではなく、何かしら魔王として振る舞うようになった前兆でもあったのだろうか。
「ゲオルグ少年は、何をもって魔王となったのですか? こう、教団の認定を受けるような、そういったきっかけです」
「詳細は話せません。彼がここで行った所業については、やはり口止めをされているからです」
「所業って……つまり、それほどの事があったと」
そしてその詳細を隠すという事は、何らかの落ち度や後ろめたさ、教団側の非がそこにはあるからだろう。一方的な被害者であれば、魔王の凶悪さを喧伝する材料になるはずである。口止めする理由がない。
「人死にがあったか。それくらいはお答えできませんか?」
「御想像にお任せします。ただし、くれぐれも軽々に憶測を公にしませんように」
そう忠告するかのような口振りだが、オルランドにはどうしてもそれが逆の意図にしか感じられなかった。無闇に騒ぎ立てるな、というのはおそらく本音だろう。だがそれ以外の言葉は、まるでオルランドにもっと詮索させるような思わせ振りな言葉を選んでいるように思えてならない。
「失礼ですが……あなたは私にこうしてお話をして下さってはいるものの、具体的な内容はほとんどありません。上からの口止めがそうなった理由なのでしょうが、それなら何故この場を設けたのですか? 言えないのであれば、初めから街の外へ追放するなりあったと思うのですが」
「まず、あなたの人となりを確かめたかったのです。興味本位ならそれで結構、真相を求める事が目的である人間なら誰でも良かったのです。そして、私が上に背かない範囲で、ここで何があったのか、魔王の生い立ちを知っていただきたいと願うのです」
またしても曖昧さばかり混じった言い回しである。自分が彼にとって丁度良い人材であり、魔王には秘密があるから自分で調べろ、そういう事なのだろうか。
「あなたは、アルテミジア正教を裏切りたいのですか?」
「そのような事は決してありません。私は、御心のままに教えに従って生きていく事を望むばかりです」
またしても空言である。それほど箝口令の制約とは絶対なのだろうか。もしくは、自信の良心の問題なのか。大司教であろう彼のこの矛盾とも言える行動は、その良心から来るものだとしたら。魔王と事を構えた理由とは、それほどのものだと言うのだろうか。
「さて、そろそろお帰り頂きましょうか。こちらから御呼び立てしておきながら、大変申し訳ありませんが」
「はあ……帰して頂けるなら」
一度落ち着いて良く考えたかった所である。オルランドは、穏便に帰してくれるのならそれで良いと、頷いて席から立ち上がった。
「そうだ、一つ頼み事を受けては下さいませんか? なに、大したことではありません。この手紙を届けて頂きたいだけです。この街に住む方ですよ」
「手紙、ですか? まあ、別にそれくらいなら。特に急ぎの用事もありませんから」
「では、これをお願いします。住所は封筒に書いてありますので」
ならば普通に郵便なりで出せばいいのではないだろうか。
そんな疑問を思いつつ、オルランドは差し出された封筒を受け取った。
宛名を見てみたが、それは別段聞き覚えのあるものではなかった。特に変わった名前でもない、極普通のものである。
「女性……か」
アルテミジア正教では、女性の重職は制定されていない。しかし、こうして大司教がわざわざ手紙を出すくらいなのだから、アルテミジア正教と深い繋がりのある人物なのだろう。そんな人物への手紙を、どこの馬の骨とも知れぬ自分に託して良いものなのか。疑問ではあったが、下手に詮索すれば別の面倒事を招く恐れもある。帰れる時に帰った方が良いと判断し、オルランドは詮索を控えた。