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 衛兵は無言のままオルランドを連行する。力ではかなわない事はともかく、自分の行動が既にアルテミジア正教の監視下に置かれていたという事実のショックがオルランドに抵抗する意欲を失わせていた。
 オルランドは衛兵に連れられるまま、教会の裏手に止められていた馬車へ乗せられる。車内では引き続き衛兵二人がしっかりとオルランドを見張っており、車内から飛び降りるどころか窓から助けを叫ぶ事すら不可能の状況である。いよいよオルランドは観念するしかないと、じっと膝の上に置いた両手を見つめた。
 しばらく街中を走り続けていた馬車が、目的地も告げず唐突に停車する。そのまま下ろされたオルランドは、今自分の居る場所に驚いた。そこは明らかに、昨日見学した大聖堂の敷地内の何処かだった。一般解放エリアとは異なる場所であるのと、周囲からこの場所を隠すように生い茂る木々や塀による閉鎖的な構図が、ここは自分のような厄介な者を通すための区画ではないかと想像する。そしてその理由を更に想像し背筋を震え上がらせた。
 またしても無愛想にオルランドを建物の中へ誘導する衛兵。もはや覚悟を決めるしかないと言わんばかりに、オルランドはただただそれに従って歩いた。
 廊下は見学した時とはまるで違う、細く地味なものだった。前後を衛兵に挟まれながら歩くすれ違う程の幅のない廊下は、まさに連行するために設計したものとしか思えない構造である。やがて小さなホールへ抜けると、幾つかある扉の一つにオルランドは入れられた。その部屋は、オルランドが想像していたものとは異なっていた。牢屋のような無機質で薄暗い場所を想像していたのだが、そこは内装は質素でテーブルと幾つかの椅子しか無かったものの、辛うじて応接室とも言えなくはない部屋だった。法的に拘束される理由が無いのだから、と推測してみるものの、ここまで目的も告げられず連行されている以上はあまり楽観は出来ないだろう。
 オルランドはひとまず椅子に座り、部屋を軽く見渡す。牢屋では無いため採光用に窓はあるものの、外側に鉄格子が付けられているため、明らかに拘束のための部屋だろう。要人の軟禁用かと思えば、部屋のドアはごく普通のもので覗き窓が無い。ホールには衛兵が居るだろうが、こちらを徹底的に監視しているという訳でもない。ここは一体何のための部屋で、自分は何のために連行されたのか。とにかく今は動く事が出来ないため、オルランドは座ったままひたすら状況が動くのを待った。
 それからどれだけ待っただろうか。ふと扉の向こう側に人がやってきた気配を感じたオルランドは、緊張した面持ちで扉をじっと見つめる。そして開けられた扉から現れたのは、一人の老人だった。しかし彼の身なりに、オルランドは更に緊張と困惑を深めた。彼の着ている服は司教に似た衣装ではあるが、装飾品と布地の色が若干異なっている。もしかするとこの老人は、大司教ではないのか。そんな推察が頭を過ぎる。
「突然の事ですまないが、こちらもあなたの真意を確かめねばならない理由があるのでな。まずはその辺りを御理解願いたい」
「は、はあ……」
 真意とは、やはり魔王との接点についてなのだろうか。
 しかしオルランドは、まだこの状況について頭の整理が追いついておらず、曖昧な返答をしてしまう。
「あなたのお名前は? どちらの出身かな。それと宗派もお答え願いたい」
「僕はオルランド、出身はメルクシスです。宗派は新教です」
「御家族は何をされているのかな?」
「一応、色々な事業を……。クヴァラトグループってご存知でしょうか?」
「ほう、世界的に有名な財閥ですな。あなたはそこの子息だと?」
「はい、そうなります」
 おそらく彼は信じていないだろう。答える時の声の調子から、オルランドはそう推察する。自分の事ではあるが、著名な会社の身内などと言ったところで大概の人は妄言と受け取ってしまう。自分の素性を何から何まで馬鹿正直に話しても、あまり信じてはもらえない。この旅を始めてから痛感した事である。
「主たる神の家で、あなたが嘘偽りを申す人間ではないと、今は信じましょう。それで、あなたは何故魔王の事を嗅ぎ回っているのでしょうか? 家業に必要な情報でも探しているのですか?」
「いえ、そういう仰々しいものではありません。単なる興味本位で、ずっと魔王の事件について関係する出来事を取材して世界中を旅をしているんです。その、親の金で道楽させて貰っていると言いますか、何分甘やかされて育ったので」
「興味本位ですか。それが、この街ではそうですかと安易に流されるようなものではない事をご存知ないのですね。それとなく忠告した者も居たでしょうに」
 この街では、魔王について訊ねる事を、知らなかったでは済まされない。オルランドはその言葉に息を飲んだ。口が滑った訳ではないだろうが、その言葉は事実上認めているのと同じ意味合いになる。
「それはつまり、アルテミジア正教と魔王との繋がりは実際にあって、それをずっと隠蔽しているという事なんですね? 多分、組織的な規模で」
 思わず訊ねるオルランドだったが、彼はじっとオルランドを見据えたままで即答をしなかった。
「あなたは、ここに限らず今まで知り得た事をどうなさるおつもりかな?」
「何かしらの形にまとめはしますが……あっ、決して世間に公表するとか、本にして売りさばいて儲けようとか、そういうつもりは一切ありませんよ」
「信じましょう。では、私があなたの純粋な好奇心を満たせば、ただちにこの街から出て行って戴ける、そう思って良いのですね?」
「話して戴けるのですか!? あ、いえ、はい、お約束します」
 そう言いつつ、帰り際に事故を装って変死させられないだろうか。
 そんな不安はあったものの、今は大司教の話に集中する事にする。それに、本当にそういった血なまぐさい解決をするのなら、わざわざここへ連行し尋問するような手間を取らないはずだ。