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 翌日、オルランドはホテルを出ると近隣の教会を探しに向かった。宗教都市だけあり、街の至る所に教会はある。いずれもアルテミジア正教のものだが、教会それぞれの方針として異教徒を受け入れる受け入れないの違いがある。ガイドブックによるとそれは入り口に掲げられた小さな赤い旗の有無で区別がつくらしく、オルランドは受け入れを認めている赤い旗を目印に教会を探す。すると赤い旗を掲揚している教会は思っていたよりも多く、アルパディンは比較的他の宗派にも寛容なのかという印象をオルランドは持った。
 オルランドが最初に入ったのは、佇まいが古く年期の入った教会だった。かなり古くから経営している教会のようだったが、入ってみると中には人の姿は全く見当たらなかった。アルテミジア正教は朝にも神に祈りを捧げる日課があり、今朝も教会へ向かうらしい信者の数はそこそこ見受けられた。古いためあまり流行っていないのだろうか。そんな事をオルランドは思った。
 教会内には神父が一人いるだけだった。昨夜のバーテンダーによれば、この国では魔王の話をする事は禁じられているらしい。そういった経緯もあり、一対一で話せる状況は好都合である。オルランドは早速神父の元へ歩み寄った。
「おはようございます。祈りを捧げにいらしたのでしょうか?」
「いえ、自分は新教の人間です。それよりも、今調べている事がありまして、少しお話を聞かせて頂きたいのですが」
「おや、何でしょうか。私に分かる事でしたら、何なりと」
「十年前、どうして魔王はこの国を襲わなかったのでしょうか? 当時の法王猊下は魔王に対して非難声明を発表されましたが、それについての報復が何も無かった事が不思議なのです」
 魔王。その単語一つで、にこやかだった神父の表情に緊張感が走る。すぐに表情は元のにこやかなものへ戻るものの、オルランドは昨夜のバーテンダーの話がでたらめではないことを確信する。
「ハッハッハ。それはひとえに、我々信徒が主の大いなる御手に守られているからですよ。さすがの魔王も、神の威光にはかなわなかったのでしょう」
「でも、世界で一番信徒が多いのは新教の方ですけれど、正教の信徒の犠牲者がゼロだった訳ではありませんよね。正教の御主は信徒ではなくこの街を守ったのですか?」
「この街は大勢の信徒の心の拠り所ですから。我ら信徒の心が迷わぬようお導き下さったのでしょう」
 オルランドの質問を受けた神父は、非常に無難な受け答えであった。まるで初めからそう言う事を想定していたかのようである。
「なるほど、そういうことですか。主の威光とは尊いものなのですね」
「ええ、その通りです。どうです? ここで改宗などされていきませんか?」
 神父は冗談めいた口調で勧誘を仕掛けてくる。本気で改宗させようとしているのではなく、魔王から話題を逸らそうとしているのだろう。
 あまり食い下がってもトラブルを招くだけである。オルランドは笑いながらも丁重に断り、その場を後にした。
 街の通りは少しずつ観光客の行き来が増え始めている。オルランドは続けてあまり人の居なさそうな教会を選んでは、魔王についての質問を繰り返した。しかし、どこの教会でも口を揃えて同じ返答を繰り返す。オルランドは、ますますこれは不自然だと捉え、やはりこの都市には魔王に関する何かがあるのだと確信する。
 もっと大物から話が聞けないだろうか。そう考えながらオルランドは、一度ホテルへ戻った。そして食堂に向かい朝食を取りながら今後の作戦をあれこれと考える。その時ふとオルランドの目に、食堂の壁に貼られたポスターが映った。それは、この教区の司教による講演会を報せる内容だった。オルランドは食事の途中で思わず立ち上がり、ポスターに歩み寄って詳細を確認する。司教は定期的にこういった場を設けているが、今日も丁度その日になっていた。時間は昼過ぎ、特に予約も無ければ宗派も問わない。場所はホテルからもさほど遠くはない。ならば、この機会を逃す手はないだろう。
 オルランドは席に戻り、食事を再開しながら新たな事を考え始めた。それは、この司教へ直接話を聞くにはどうすればいいのか、その方法である。馬鹿正直に正面から向かえば、当然だが締め出しを食らうだけである。そして、大勢の前で質問が出来たとしても、これまでと同じような無難な回答しか得られないだろう。何としても、一対一かそれに近い状況を作れないだろうか。
 あれこれと作戦を考えてみるが、いずれも非現実的であったり時間的な制約に厳しいものばかりだった。そのため、オルランドは最も単純で原始的な作戦に決定する。それは、講演会を行う会場のトイレで司教を待ち伏せるというものだった。