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船が港に到着したのは、まだ日の昇っていない早朝の事だった。オルランドは港の待合室で地図などを眺めつつ、次の取材先までの道のりに目星をつける。同じ船に乗っていた乗客達は明らかに余所者といった風体のオルランドには目もくれず、次々と港を出てそれぞれの向かう先へ消えていった。見たところ、彼らのほとんどが別の大陸へ出稼ぎへ出ていた期間労働者だ。特に顔見知りでもなければ、あのように黙々と仕事にも取り組んでいたのだろうか。そんなことをオルランドは思う。
ザルモイア地方は、比較的魔王の戦禍の少ない地域である。それは、主要な生産物が一次産業に偏っていることと、商業的な航路に乏しい事が理由だとされる。要はあまり豊かな土地ではないため、魔王も優先的に占領下に置く理由がなかったのだろうという見方がされているのだ。それでもただ一カ所だけ、魔王による襲撃を受けた町が存在する。オルランドの次の目的地はその町だ。
目的地までは、この港から街道沿いに進んで行けば遅くとも夕方前には着く距離である。確認を終えたオルランドは早速港を出て街道を歩き始めた。
歩きながらやがて朝日がゆっくりと昇り始め、周囲の景色がはっきりと見えるようになる。街道は意外と広く、進むエリアにも明確に馬車と人との境界を引かれていた。けれど年季の古さと近年の整備の怠り具合から、あまり見栄えの良いものではなかった。これは魔王の戦禍と言うよりも、誰も整備をしていないか自治体の財政にその余裕が無いためだろう。街道自体が広いのは、かつて景気の良かった頃があり、その名残だろうか。
街道をのんびりと歩きながら、周囲の景色を眺めるオルランド。ザルモイア地方は寂れた田舎という前情報もあったが、事実街道から見える景色のほとんどは開墾もされていない原っぱや山野ばかりである。魔王が攻撃の対象としなかった件の理由も納得が出来る風景である。それだけに、わざわざ魔王が襲撃したという町の存在は気になる所である。
しばらく歩いていると、後ろの方からガラガラと音を立てて進む荷馬車が近付いて来るのが聞こえた。港に用があってその帰りだろうか、そんなことをオルランドは思った。すると馬車はオルランドに追い付くと速度を落として併走し、御者が声をかけてきた。
「アンタ、これから何処へ行くんだい?」
御者はオルランドとさほど年の変わらない女性だった。しかし馬の操り方や気っぷの良い話し方が、いささか年増に思わせる。
「この先のベステーという町ですよ」
「へえ、見ない顔だけど、何か用かい?」
「まあ、観光みたいなもんです。魔王に襲われたところの跡を見たくて」
「何だい、変わった人だね。どうだい、一緒に乗っけていってやろうか? アタシはそこのもんだからさ」
「ありがとうございます、助かります」
彼女の親切に甘え、オルランドは早速荷台へ乗り込む。荷台には幾つかの木箱が詰まれており、オルランドは邪魔にならないように奥側のスペースに腰を下ろした。再び荷馬車が動き出すと、ガタガタと荷台が忙しなく揺れ始める。荷台が年季が入っているのと、街道が整備されていない事が揺れの原因だ。長く座っていると尻が痛くなりそうだ、そんなことをオルランドは思った。
「アタシはモイラ。ベステーじゃ宿屋をやっててね。観光に来たんだろ? 宿が決まってないなら、ウチにきなよ」
「僕はオルランドといいます。では少しの間ご厄介になりますよ」
「ははは、随分と堅苦しい話し方だね。もしかして、良いとこの子かい。出身は?」
「メルクシスです」
「メルクシスって、まあ随分な大都会じゃないかい。こんな田舎でも聞くくらいの町だし。はあー、アタシはこんな都会人初めて見たよ」
「別に変わったものでもありませんよ」
モイラの荷馬車に揺られながら、ひたすら街道を進む。時折幌から首を出しては外の景色を眺めてみるが、いつまで経ってもさほどの変わり映えもしなかった。馬車のスピードから相当進んではいるはずなのだが、景色の変わらなさが距離を実感させてくれないのだ。
「しかし、こんな田舎に観光ってね。自分で言うのもなんだけど、見ても楽しいものなんて無いと思うよ。ああ、一つだけ珍しいものはあるか」
「何ですか、それ?」
「ほら、魔王が居た頃の奴さ。ベステーにはね、魔王に焼き払われた徴税士の屋敷があってね。今も焼け跡がそのまま残ってるよ」
「実は僕は、それを見に来たんです」
「はあ? 本当に変わってるね、アンタ。ただの焼け跡だよ? でかい屋敷だったから、その分広い焼け跡ではあるけどさ。わざわざ足を延ばすほど珍しいものでもないさね」
モイラは半ば呆れたように笑いながら、オルランドの目的を不思議がった。オルランドは自分が魔王の取材をしている事は、いつものように明言しなかった。特に魔王の痕跡のある地方では、迂闊に魔王の名を口にすることは余計なトラブルを招く事もあるからだ。