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 旧ルドラヴィン城一帯。そこは、かつて人類連合軍と魔王軍が最後の戦いを繰り広げた場所である。七日七晩続いた激戦は城壁のほとんどを粉砕し、至る所に大きな爪跡を残した。今は別の地に新城が建てられ、この城はあえて補修をせず残し観光名所となっている。ここが人類と魔王の最後の決戦の地であり、激戦の最中に一騎打ちによって勇者マックスが魔王ゲオルグを討ち滅ぼした場所、即ち人類にとっては非常に尊い場所なのだ。
 古城の周囲には、草木も生えぬだだっ広い荒野が続く。そこには未だ塹壕の縁や朽ちた砦の跡が残っていた。これらは城外戦で使われたもので、当時の戦いを記録としてそのまま残すため意図的に放置されている。それらを、まばらな観光客が時折物珍しそうに寄っては眺めていた。
 荒野を見渡したオルランドは、想像していたよりも随分と観光客が少ないと感じていた。魔王が勇者に討伐され、今年で十年。世界中を蹂躙した魔王軍だったが、その戦禍からの復興もほとんどが終わり、魔王の侵略を遠い過去の事に思う者も少なくない。それでも歴史的な場所だからもう少し興味を持たれていると想像していたのだが、今の人間はもっと別の事へ興味を向けているらしい。それは前向きで喜ばしい事であり、この地に散っていった英霊達にとっても本望なのかも知れないが、あまりに顧みられないのはどこかうら寂しく思える。
 荒野の中心に建つ朽ちた古城、旧ルドラヴィン城へ向かう。城はあまりに損傷が激しく住居としての強度はもはや無いに等しいため、一般人が立ち入る事は出来ないように柵で囲われている。外から見る城は、右半分のほとんどが倒壊し、左側も穿孔や溶解の跡が目立つ。穿孔は魔王が率いた魔法兵の魔法によるもの、溶解はドラゴンの炎によるもの、そう観光案内の冊子には書かれている。人類対魔王の決戦はどれほどの激戦だったのか、百の言葉よりも説得力を持つ光景である。けれど、この歴史的な建造物を足を止め熱心に眺めるのは自分一人であり、オルランドはその事に小さく溜め息をついた。
 オルランドは手にした手帳へ自分が見たものを淡々と文章にして記述し、周囲の風景や古城を何点か簡単なスケッチに起こした。これらは今夜宿で改めて資料としてまとめ、何かしら検証を行い編集する。オルランドはこれまでも魔王に関わる地の全てで同じ事をしていた。彼の目的は魔王の足跡を辿る事であるためで、既に一年近くこういった取材の旅を続けている。そしてその旅の目的はあまり人には話さなかった。魔王の足跡を辿るなど、その意味を誰にも理解も賛同もしてもらえないからだ。
 一頻り見学を終える頃になると、日が傾き始めた。オルランドは手荷物を片付け、街の宿へと戻り始める。周囲には既に他の観光客の姿はなく、自分一人だけだった。戦場跡に長居する物好きなど、そもそも居ないのかも知れない。そんな事を思いながら帰路に着く。
 思ったほどの成果は無かった。そうオルランドは落胆気味にため息をつく。十年も経過した戦場跡にこれまで誰にも見つからなかった歴史的資料が残っている事を期待していた訳ではないが、未だはっきりと伝えられていない決戦での出来事について、少しでもいいから経緯を想像させる手掛かりくらいは得られて欲しかったのも事実だ。証言よりも物証が欲しいが、そう簡単なものではないようである。
 魔王はこの地で命を落とした。それは揺るぎ無い事実である。勇者マックスが魔王を討ち取ったと勝ち鬨を上げ、同時に魔王軍を編成する無数の魔物達が一斉に壊乱する。そこを人類側が最後の力を振り絞って掃討し、戦勝に至った。これが当時従軍していた記録兵の手記の内容であり、世界中に広まった決戦の経緯である。しかし、魔王の死体は未だ見つかっていない。少なくとも公の記録には無い。勇者マックスは神の力を得て魔王を跡形もなく消し飛ばしたと公式記録にはあるが、それはあくまで伝聞であり、本人が直接見た訳ではない。そして勇者マックスについての記録も、これを境に途絶えてしまっている。勇者マックスは何処かで隠棲していると言われているが、それもまた噂にしか過ぎない。どの国も、勇者マックスのその後について公式発表をしていない。一個人としてあまりに大き過ぎる戦果を上げてしまったから、意図的に話題に上げないようにしている。それは誰かの憶測だが、背景は分からないが恐らく正しいのだろう。
 人類と魔王の決戦には、非常に不透明な部分が多い。最大の功労者であるはずの勇者マックスですらこの有り様である。まして魔王の足跡など、世界中のほとんどが知り得ないだろう。だからオルランドは、自分だけでも真実が知りたい、そう決意し取材の旅に出ていた。そして彼にはもう一つ、魔王の真実にこだわる理由があった。それは、昔オルランドは魔王を間近で目にし、その時の印象が今日世間で言われているそれと全く異なっていたからだ。